今回より、物流不動産ビジネスを実践する企業の事例をご紹介します。初回は大阪に本社を置く大倉の木村文俊社長です。木村社長とは20年来のお付き合いとなります。
大倉の創立は1973年、トラックを持たない運送会社としてスタートすると同時に、物流総合商社という革新的なビジネススタイルを打ち立てました。1978年には運輸事業部と同時に、マテハン事業部を開設。第二次石油ショックによる企業の合理化ニーズをつかみ、急速に業績を伸ばしていきました。
不動産事業に進出したのは1979年。倉庫サブリースの旺盛なニーズへの対応や、倉庫の自社保有や売却を希望するオーナーへの仲介も開始しましたが、木村社長に立ちふさがったのは、倉庫情報のオープン化でした。そこで木村社長は「物流情報センター」というセクションを立ち上げ、つながりがある企業との情報交換を開始しました。大学教授を招へいしてセミナーも開催するなど活発な活動を行いましたが、人的交流のみでは限界があった、と木村社長は話します。
初対面でがっちり握手
私の活動を物流紙で知ってくれた木村社長が、大阪からわざわざ訪ねてくれたのは01年のことでした。イーソーコの前身となるアバンセロジスティックを立ち上げて間もない頃で、木村社長とは初対面でしたが、「e-sohko・com」による、インターネットを介した情報交流によるマッチングサービスを高く評価してくれました。すっかり意気投合し、今後の発展を誓い合い、固い握手をして別れました。
「当時の倉庫情報はオープンにできる時代ではなかった」と木村社長は述懐します。営業マンは倉庫に空きがあると話す一方で、その会社の社長は世間体を気にして満床だと煙に巻き話が噛み合わない。「そんなもの全部オープンにすればええ」と木村社長は笑いながら話してくれました。
驚いたのはその行動力です。私と初めてお会いした翌日、四国へ出張中の営業責任者である太田富美雄経営企画本部長(肩書は現在)を東京に呼び、早速事業を開始されました。このスピード感は大変勉強になりました。豪放磊落(ごうほうらいらく)を絵に描いたようなエピソードです。
セグメント別で見ると、大倉は不動産のマスターリースが主要事業となりますが、物流不動産ビジネスを取り入れることで、リノベーション事例が増加されるようになりました。倉庫から雑貨店、ドラッグストアなど、幅広くリノベを実施されています。
そんな大倉とイーソーコとは16年、合弁会社「イーソーコ関西」を立ち上げました。イーソーコが目指す「ランチェスター戦略」の第1号として、私と木村社長が企てたものです。同社社長には一般社員の方を抜擢され、私の提唱する「資本と経営の分離」を受け入れて頂きました。オーナー一族経営を脱したことは、社員全員に良い刺激となったようです。「関西と関東は物流を取り巻く事情が大きく違う。関西は当時、ネット情報が遅れていたし、地の利を生かせる勝算があった」と設立時を振り返ります。
「物流という枠の中でとどまっていたら、壁や限界がある。次の一手を探すのが、勝ち組への第一歩だ」と、木村社長は物流不動産ビジネスへの参入を考える企業に呼び掛けています。
(大谷巌一・イーソーコ会長)























