彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇223 地域が変わる「ひとの輪」 たかがベンチ されどベンチ
住宅新報 2026年4月28日 号 11面
連載: 彼方の空
リブラン創業者である鈴木静雄氏の自宅(板橋区赤塚)の前に白いベンチが置かれて3年が経つ。当初はせっかく置いた椅子が盗難に遭うなどの災難もあったが、今はすっかり道行く人々の憩いのベンチ(持っていかれないように椅子からベンチに変更)となっている。
場所は最寄駅から徒歩7分程の高級住宅地だが、駅からは長い坂道を登り切ったところになる。そのため駅前のスーパーで買い物をしたお年寄りが自宅に帰る途中で一休みするにはうってつけとなる。ベンチだけでなく、ガレージ(普段はシャッターが降りている)の前のスペースには生け花がのせられたテーブルと2脚の椅子も置かれている(写真(左))。この花は鈴木静雄氏の妹の俊美(としみ)さんが数日ごとに生け直しているのだが、「ぜひお花を教えてほしい」という道行く人からの申し出もあったという。俊美さんは池坊流の先生でもある。
というわけで、鈴木邸の前では一日の間に数度は前を通りかかる人たちとの立ち話が始まる。筆者が取材中にも2人の方が寄ってこられて話を聞くことができた(写真下)。
「荷物を持って坂道を登ってくると疲れるのでちょうどいい」
「ベンチの横やガレージの脇にもお花がいっぱい置いてあるので、少し遠回りだけど、いつもこの道を通ることにしている」
ある日のこと、俊美さんがベンチに座っている女性に声を掛けたところ、「すぐ近くに住んでいる方と分かって二人で笑ってしまいました。それからはしょっちゅうお話をするようになり、なんと同郷であることも分かりました」という。
鈴木氏は言う。「この家に住んで40年以上になるが、ベンチを置く前はお付き合いがあるのは向かいの2軒と両隣ぐらいだった。今は、どんどんお付き合いが広がっていく感じで、住んでいることが楽しくなった気がする」
たかがベンチだが、その効果は存外に大きい。
縁側の代わり
鈴木氏がベンチを置くことを思い付いたのは、筆者が当コラムで〝縁側〟について触れていたのを読まれたのがきっかけだった。少し長いが引用する。
「たとえば、住まいは人が主(主)と書くように主が客を招く楽しみがあってこその住まいである。にもかかわらず現代の住まいにそのような機能があるだろうか。戦前までは中流以上の家にはたいてい応接間というものがあったが今は見当たらない。応接間が正式に客を迎える場所であるなら、もっと気軽に隣人を迎え入れ談笑する場が縁側だったが、そういう機能さえ今の住まいは備えていない」
鈴木氏は「今さら縁側を設けることはできないが、代わりに家の前にベンチを置いたらどうか」と考えた。するとそれが見事に実を結んで今では地域の人々の交流拠点にさえなろうとしている。
実は縁側にはもう一つ大きな特性がある。縁側では客も主も床座(ゆかざ)になる。床座になると客は部屋の奥まで視界が届くので、その家の暮らしぶりまで分かってしまう。主もことさら隠そうとは思わない。だからこそ親しい付き合いが生まれる。家の構造がコミュニティーに大きく作用する一例である。


























