彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇214 「定期借家」再考Ⅱ 家賃上昇で必須か 普通借家は限界に
住宅新報 2026年2月24日 号 21面
連載: 彼方の空

東京カンテイ調査による分譲マンション賃料(1m2当たり)の推移。上から東京都、首都圏、近畿圏、中部圏。期間は2016年~2025年
家賃の値上げ交渉が頻発化している。家賃が値上がりし始めたのは、住宅価格が上がって、住宅購入を諦めた層による賃貸需要が増えたからではない。円安による輸入物価の上昇や人件費高騰で物価が上がり始めたからである。その円安は当分続く公算が高い。あるエコノミストはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による海外資産増加や新NISAによる外貨建て投資信託残高の増加が円安の主犯と見るが、この傾向を止めるのは難しいからだ。
つまり、日本は物価を上回る賃金上昇を実現しないかぎり、国民の住居費負担は今後重くなる一方である。家主にしてみれば、物価上昇分を家賃に転嫁できなければ実質利回りが低下し資産価値が下落する。といって普通借家では、家主が一方的に契約を終了させることはできない。つまり、デフレ期からインフレ期に移行した現在、普通借家権による賃貸経営はすでに不可能になりつつあると言わざるを得ない。
家賃の〝計画改定〟
定期借家権なら契約期間満了時に家賃を市場実勢に合わせて計画的に見直すことができる。例えば期間2年の定期借家権契約を締結している場合、期間満了1年前から6カ月前までに終了の意向を伝える通知の中に「なお、本物件について新たな賃料について当事者が合意する場合は期間満了の翌日を始期とする新たな賃貸借契約(再契約)を締結することが可能です」という文言を入れておけばいい。これで、現行のような契約途中での強硬な値上げ交渉はしなくて済む。
共にメリット
もちろん、借主側にもメリットはある。定期借家権なら契約期間中の「賃料増減請求権」を排除する特約を結ぶことができるので、借主は契約期間中の賃料を固定化することができる。ということは期間を2年よりも3年、3年よりも4年と長くするほうが有利になる。そこは貸主にとっても、初期の家賃設定額次第だが、期間を長くすることはその間の家賃収入を確定することができるというメリットが生まれる。
それでも借主心理として「新たな賃料に応じなければ結局は退去しなければならない」と思いがちだが、家主としても住み続けてもらいたいのが本音だから、そこは共に納得がいく交渉次第となる。
欧米的合理性
トラブル増加の背景には日本特有の「普通借家権」制度がある。期間満了になっても契約は当然には終わらず、家主が賃料を上げるにも退去を求めるにも高いハードルがある。デフレ期には大きな問題にはならなかったが、インフレ局面では家主側の負担だけが膨らむ。
欧米に目を向けると構造はまったく違う。1年程度の契約期間が標準で満了時に市場実勢で再契約するのが原則だ。期間中の値上げはできない代わりに、更新時の条件見直しは自由だ。ドイツやフランスでは物価指数連動や上限があるなどルールは明確だ。日本だけが「信義誠実の原則」(民法1条)に基づき関係継続を前提とした戦後型モデルを今日まで引きずっている。住宅不足の時代には合理的だったが、今や市場環境とのミスマッチが大きい。そのミスマッチがトラブルを生んでいる。
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とはいえ、普通借家に慣れきっている日本では「定期借家は再契約されないかもしれない」という不安が根強い。だが欧米に学ぶべきは「予見可能なルールこそが真の安心を生む」という事実である。物価指数や地域の家賃データに連動させた再契約方式を標準化すればトラブルは大きく減少していくだろう。
これからは住宅を社会保障として守る領域と、市場原理で運営する領域を分ける発想が不可欠だ。生活弱者には公的支援を厚くしつつ、一般市場では定期借家を主役に据えて市場の活性化を図る。家賃インフレ時代の新しい制度をいまこそ議論すべきである。






















