彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇209 続・マンションの思想 実体離れる評価価値 希薄化する住文化
住宅新報 2026年1月20日 号 11面
連載: 彼方の空
東京に限らず日本では今、地方中枢都市でも億を超える高額マンションが富裕層らによって買われている。それが実需であれ投資目的であれ、止まらない価格上昇を皮肉って「実体価値ではなく、(買い手による)評価価値の時代」と表現する業界関係者もいる。青森・大間産のクロマグロが豊洲市場の初セリで、最高5億1030万円で競り落とされたのも、実体価値ではなく〝初モノ〟という評価の高さである。
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住まいの評価が実体価値を離れ始めたとすればそれは何を意味するだろうか。住まいが投資商品化していくだけではなく、一般国民の住まいに対する思想が希薄化していく。マンション価格の高額化に対処するため、フラット35の融資条件が緩和され(限度額引き上げや借入期間の長期化など)、残価設定ローンも登場するなどローン制度の拡充で住宅購入を支援することはよしとしても、住宅はともかく無理をしてでも買う(所有する)ものという古めかしい思想が助長されていくようにも思える。
今更言うことではないが住宅は「所有」すること以上に「そこでどう暮らすか」ということが本来の目的である。そして住文化は国民の間にそういうコンセンサスが生まれることで醸成されていく。
3Pがすべて?
住まいにややこしい思想など不要という意見もある。住まいは生活の拠点なのだから立地(Place)、間取り(Plan)、価格(Price)がすべてという指摘である。一方でコロナ禍を機に住まいを生活の拠点というよりも〝基盤〟と見る思想も広まりつつある。コロナで自宅待機を余儀なくされ、家で暮らす時間が多くなってみると、住まいの内・外の環境が住み手の心に大きな影響をもたらすことに気付いた人たちが多くいた。住まいは持家、賃貸に関わりなく、心が癒やされる場所でなければならないという当たり前のことに気付いたということである。
心を癒やしてくれるのは3P(立地・間取り・価格)ではなく、そこに暮らすことが生きる喜びにつながるなにかである。その何かを探り当てようとする無意識の試みこそ住文化というものである。
少量・多品種化
人口減少で新設住宅着工は既に長期減少傾向にあり、首都圏でのマンション事業もこれからは2万戸台が定着し、少量生産・多品種化に向かうことになる。マンション事業は本来、大量販売・画一化が基本モデルなので住戸の多品種化は難しいという見方があるが、そこで諦めてしまっては我が国に住文化は育たない。
「躯体はコンクリートでも内装は無垢材や珪藻土などの自然素材にしたいという自然志向派もいれば、床やキッチン、浴室、トイレなどすべてを大理石という高級志向の人もいるだろう。夜でも楽器が弾ける防音室が欲しいという音楽愛好家もいれば、友人たちを呼べる広いパーティールームが欲しいという社交派もいる」――とは本コラム197回の「マンションの思想」で述べておいた。
人が主役に
これからの分譲マンション事業者に求められるのは「人が住まいに合わせる」のではなく、「住まいが人に合わせる」という当たり前の思想をもつことである。住まいを人に合わせるためには住戸の選択肢を多くするしかない。それによるコストアップをいかに抑えていくかがこれからの研究課題だ。一つの集合住宅の中に多様な住戸を造るということではなく、多様な住戸を一つに集積することで効率化するという発想に変えることが重要だ。
マンションの価値が実体を離れ始めたことの根底には日本の住文化の希薄さがあるともいえる。ただ一方では、3つのPだけでは何か物足りないことに気付き始めた人たちがいるのも事実。今はその何かを求める時代がようやく始まったのだと思いたい。
























