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スタンダード会員限定昭和100年 戦後80年 節目 住宅・不動産業界 経済復興と一城の主を実現 (9)住宅ローンが果たした役割

住宅新報 2025年7月29日 号 1面

総合
昭和100年 戦後80年 節目 住宅・不動産業界 経済復興と一城の主を実現 (9)住宅ローンが果たした役割

 そもそもの歴史から住宅ローンを振り返ると、戦後復興に向けての政策として家計を助けようと、日銀は貯蓄増強中央委員会(現金融広報中央委員会)を1952(昭和27)年に設立し、「貯蓄は美徳」、「節約は美徳」と言って貯蓄をさせた。一方で、住宅金融公庫(現住宅金融支援機構)が50年に発足し、住まい購入のための融資を始めた。当時の公庫の融資金利は5.5%で、これが73年まで続いた。返済期間も15年前後と短かった。当時の金利は、公定歩合が5~7%程度で推移していた頃だ。

 当時の民間銀行は住宅ローンを手掛けておらず、復興支援の企業融資に重点を置いた。銀行が住宅ローンを始めたのは60年代。その目的は公庫とは違い預金の獲得であり、住宅ローン金利は8~9%程度と公庫よりも高く設定されていた。返済期間も10~15年である。国は、経済復興・景気の立て直しで住宅着工を軸足にして政策を推進した。50年代の住宅ローンは公庫のみ。資金調達できて家を持てると評判を呼んだ。ただ、産業界が完全に復活しておらず、住宅の耐用年数も短い。もちろん与信能力で貸し付けていたが、終身雇用制度ができる以前の話で、今の住宅ローンとは審査や返済期間などで大きく異なり、主に利用していたのは公務員や大企業に勤めている人たちだ。

 ターニングポイントは70年代だ。欧米で進んでいた金融自由化の波が日本にも押し寄せた。各行とも横並びでの商品開発では生き残れない。預金者を増やして収益源を確保するために住宅ローンに力を入れ始めた。高度経済成長期で所得が増えていたこともローン普及を加速させた。公庫と比較して高かった金利を引き下げて変動金利型の商品を開発し、公庫よりも金利が低い住宅ローンが普及していった。80年代には民間銀行の住宅ローンの新規取扱高が7~8割に達し、まさに70年代は公庫ローンから銀行ローンへとシフトしていった時期であり、バブル経済期は最高8.50%まで金利が駆け上がった。

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