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スタンダード会員限定昭和100年 戦後80年 節目 住宅・不動産業界 (3)新築戸建て住宅史を見る 時代と共に安心快適に進化

住宅新報 2025年5月6日 号 1面

総合
昭和100年 戦後80年 節目 住宅・不動産業界 (3)新築戸建て住宅史を見る 時代と共に安心快適に進化

 アドパーク住環境コミュニケーションズが運営するサイト「新築一戸建てマイスター」を基に、新築戸建ての歴史を着工数を示しながら紹介したい。初めて住宅着工統計が発表されたのは1951年。戸建て分譲4976戸とある。53年には1万戸を突破する。漫画「巨人の星」の飛雄馬が住んでいるような、平屋50m2程度の2K住宅が多かった。

 54年から62年までの9年間は2万戸前後で推移。資材の手配も順調となり、2階建ての3Kで70m2以上のものも出始める。工法面での革新も起こった。細田工務店によると「それまでは竹や土を用いて小舞壁をつくり、左官が仕上げる湿式工法が一般的だった。それが石膏ボードや合板を使う乾式工法に変わり、住宅建設を進展させる大きな要因になった」という。

 63年は3万戸を超え、68年には7万戸を突破している。鉄道開発が進み、沿線で分譲住宅の開発が始まった。ハウスメーカーや電鉄系戸建て企業が創業したことで、「安かろう悪かろう」からの脱却が図られた。高級分譲住宅なるものも現われた。

 高度成長期に入ると、69年に10万戸を超え、76年から78年までは年間16万戸という戸建て分譲の最大着工期が続く。風呂付きも標準となった。大都市圏への人口流入による開発ラッシュもあり、大手ハウスメーカーのプレハブ工業化住宅が、戸建て分譲でも増えてきた。独立系戸建て専業企業が創業したのもこの頃だ。ただ「欠陥住宅」が多発した時期でもあった。

安心安全な住まい

 81年の建築基準法改正は分岐点となった。新耐震基準により、ようやく地震国の日本で「安心して住める」住宅の建設が始まった。これ以降、住宅は長寿命化していく。一方で、コストアップを招き、着工が10万戸に減った。それは87年まで6年間続く。

 バブルの到来で、88年から3年間は15万戸前後となった。5億~15億円の超高級分譲住宅が出現するなど、戸建て分譲価格はピークを迎える。91年にバブルが崩壊し、69年以降で初めて10万戸割れとなった。多くの住宅企業が倒産した。

 93年頃からパワービルダーと呼ばれる戸建て専業企業が台頭してくる。価格が低下してきた土地を買い、戸建ての販売価格を下げた。94年~97年の3年間は14万戸前後と好調に推移。パワービルダーが支店の拡大などで業容を拡大していったことによる。

 阪神・淡路大震災が発生し、耐震基準の低い木造住宅は売れなくなり、98年に11万戸まで下降する。2000年以降は品確法の施行で、瑕疵保証が10年間義務化。その対応で販売価格は上昇。02年まで着工が低迷する。

 03年~07年はいわゆる住宅ミニバブルで、12万戸前後で好調に推移した。それを支えたのは住宅購入年齢を迎えた団塊ジュニアだった。プレカット材の普及による品確法対策のローコスト化と短納期化、高品質化による販売価格低下が購入を後押しした。

 09年のリーマン・ショックで、着工はバブル崩壊以来の10万戸割れとなった。その後回復を見せるものの、11年に東日本大震災が発生。地震に強い住宅に加え、地盤の安全性が求められるようになってきた。時代のニーズに応えながら進化を遂げた戸建て住宅。建築費高騰などにどう対処していくのか、注目したい。     (大竹公明)

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