ミサワホームは創業翌年の1968年に日本南極地域観測隊員の居住棟を受注して以来、南極で累計36棟、総延べ床面積約5900平方メートルの建物を受注し、08年からは13期連続で現地に社員を派遣してきた。その18 人目として、第62次日本南極地域観測隊に参加、20年11月に日本を出発し、1年超にわたり昭和基地に滞在、今年3月に帰国した。
現地では、基地の設備や生活の維持を担い、既存建築物のメンテナンスのほか、1974年に施工された環境科学棟と観測倉庫の解体や降水レーダーアンテナ用レドームの建設などを遂行。規模の大きな建物は、建築分野では素人の隊員も一緒に建築に携わる状況を、指導者として采配。「高所での仕事もあるので、(隊員が)けがをしないかヒヤヒヤした」が、全員無事に任務を終えた。
兵庫県加古郡出身。高校卒業後、2年間理容師の見習いをしたが、手荒れでドクターストップがかかった。同時期に阪神淡路大震災を経験。自宅は無事だったが、罹災した友人や親類の家の片付けを手伝い、やがてミサワホーム近畿の提携施工会社へ入社。以来、25年以上のキャリアを積む。働きながら二級建築士を取得した努力や意欲も隊員選出のポイントだった。



























