相続法改正と不動産 9回 遺留分侵害額請求権 (上) 全国貸地貸家協会専務理事・耶馬台コーポレーション社長 宮地忠継
住宅新報 2021年2月23日 号 19面

親に愛されなかった次男
「遺留分侵害額請求権」は、旧「遺留分減殺請求権」のことだが大きく変わった。これは、相続の際に相続人で何ももらえなかった、あるいはほんの少ししかもらえなかった人に、法定相続分の2分の1は確保するというもの。そもそもは明治時代の農業社会を反映し、相続分を取り戻すといっても、現金では意味がなく、土地の持分を取り戻すというものだった。その伝統が今まで続いていたが、今般の民法改正によってそこの部分が変わった。どう変わったのか、例によってシチュエーションによって見ることにする。
鈴木健夫は78歳で自由が丘の駅前事務所でリフォーム関係の業界誌を発行していた。自宅はこの自由が丘駅から5分ほどのところにある。長男の宏は50歳で、家族ともども父親の家に同居し、父親の仕事を手伝っている。次男の雄二は45歳、大手商社の幹部社員で世界中を飛び回っている。港区のマンションに家族と住んでいる。長女の郁子は既に結婚している。母親は既に亡くなっている。
健夫は業界誌発行の仕事を、最初は才気煥発な次男の雄二に継いでもらいたかったが断られてしまった。そこで少しのんびりした長男の宏を会社に入れた。その後、健夫氏は自分なりに一生懸命に仕事をしている宏を可愛いと思うようになる。
正月休みに一族が自由が丘の家に集まった時に、雄二が宏を馬鹿にした態度を取った。「俺はニューヨーク、ロンドン、北京と飛び回っている。兄貴は小さな事務所で、しこしこやっているんだね。何が面白いのかな」。これを聞いて父親の鈴木健夫氏は深い憤りを感じた。自分の人生まで否定された感じがした。その後は一気に宏の支援に気持ちが傾く。健夫は東横線の都立大学に小さなアパート1棟を持っていた。土地は30坪ほど。更に大井町線の自由が丘の隣の駅である緑が丘にも土地40坪のアパートを持っていた。健夫は都立大学のアパートを宏に贈与した。生計の資本として役立ててもらうためだ。この3年後に健夫が体調を崩した。遺言書を書き、封をして宏に預けた。やがて健夫は闘病の甲斐もなく亡くなった。
宏は弟と妹を家庭裁判所に呼んで、遺書の封印を開けた。内容は驚くべきものだった。「自由が丘の家と緑が丘のアパートは宏に遺贈する。銀行預金2000万円は郁子に遺贈する。銀行預金1000万円を雄二に遺贈する」。
宏氏は驚いたが、父の意思は無視するわけにはいかないと思った。雄二は真っ青になり、これほど自分が嫌われていたと思うと涙がこみ上げてきた。雄二はやがて、鋭い目つきで宏氏をにらんで言った。「遺留分は請求させてもらう。不動産の評価は俺がやる。兄さんいいよな」。宏氏はただ申し訳ないと思っているので、黙ってうなずくばかりだった。






















