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スタンダード会員限定点検 不動産利活用 持続可能社会への取り組み 一般財団法人 日本不動産研究所 第28回 「やきものの里」の歴史が生きる 長崎県波佐見町 窯業の伝統を観光につなぐ

住宅新報 2020年11月24日 号 20面

連載: 点検 不動産利活用

総合
  • 中尾上登窯跡(写真中央)のあるエリア

    1 / 4中尾上登窯跡(写真中央)のあるエリア

  • 西の原エリアの人気スポット

    2 / 4西の原エリアの人気スポット

  • 陶器まつりが開かれる「やきもの公園」

    3 / 4陶器まつりが開かれる「やきもの公園」

  • 波佐見町の位置。西九州自動車道「波佐見・有田IC」から車で約5分。長崎自動車道「嬉野IC」から車で約15分

    4 / 4波佐見町の位置。西九州自動車道「波佐見・有田IC」から車で約5分。長崎自動車道「嬉野IC」から車で約15分

 長崎県で唯一、海のない東彼杵郡波佐見町(ひがしそのぎぐんはさみちょう)は、山あいにある人口1万5000人ほどの小さな町で、約400年の歴史や伝統を持つ「やきものの里」である。三川内(佐世保市)、佐賀県の有田町などと共に「日本磁器のふるさと 肥前」として文化庁が日本遺産に認定している。

 波佐見焼は豊臣秀吉による朝鮮出兵の後、1598(慶長3)年に大村藩主の大村喜前が朝鮮の陶工を連れ帰ったことが始まりと言われており、その後、江戸時代後期には巨大登り窯による大量生産が行われた。波佐見町には全長約170メートルで世界最大の「大新登窯跡」、全長約160メートルで世界第2位の「中尾上登窯跡」〈国指定史跡〉など、世界でもまれに見る巨大登り窯群が存在していたことが判明している。

 この大量生産は、それまで高価であった磁器を庶民でも購入できる安い品物へと変えていった。波佐見焼は当時「くらわんか(茶)碗」と呼ばれていた。「くらわんか」とは「食べないか」の方言で大坂・京都間の淀川を行き来する舟客に「あん餅くらわんか、酒くらわんか」と掛け声を掛けながら、酒や食べ物を器に盛って売る商いが繁盛しており、そこで使われていた安い器が「くらわんか(茶)碗」と呼ばれていたことに由来している。

製陶所を生かす

 そんな窯業が盛んな波佐見町の中心部に、以前は窯元が営む製陶所であった趣(おもむき)を生かした西の原エリアがある。そもそも製陶所は01年(平成13年)に廃業後、放置されていたところ、山形県からやってきたある1人の陶芸家が工房を構え、友人を誘いカフェを造ったことに始まる。今ではカフェのほか、ギャラリーやショップなども集まり、女性客の絶えない人気スポットとなっている。平日でもたくさんの観光客でにぎわっており、90(平成2)年に約30万人だった波佐見町の観光客は、17(平成29)年に初めて100万人の大台を超えるまでになった。

 地方都市における過疎化が進む中で、波佐見町は焼き物に代表される地域資源をうまくアピールし、地域活性化につなげることができた成功例として注目されるが、まだまだ課題も多い。60(令和42)年の町の人口は1万人を切って9467人にまで減少するとも推計されており、経済の縮小や地域コミュニティの希薄化が懸念され、一過性の観光地にとどまらない町の持続的な発展を支えるための官民一体となった取り組みが期待される。

 残念ながら、20年は新型コロナウイルス感染症の影響により、例年ゴールデンウィークに合わせて開催される「波佐見陶器まつり」は中止となったが、陶器はインターネットでも購入することができる。波佐見焼や産地である波佐見町の魅力をぜひ感じ取って、これからの町の活動を応援し、その将来の発展に期待していただきたい。

(長崎支所、不動産鑑定士・工藤健夫)

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