明海大学不動産学部 不動産の不思議 学生たちの視点と発見 第357回 特別企画『住まい悠久』を読んで 「手軽さ」実現する住宅市場に
住宅新報 2020年11月3日 号 4面

朽方 勇祐 不動産学部4年
【学生の目】
リモートワークが推奨されて住宅の価値観が変化していく中、『住まい悠久』を拝読する機会を得た。「幸福は住環境からつくられる」と語る本書の主張はとても面白く、私の中で「幸福とは何だろうか」と改めて考えるきっかけになった。
「人が魅力を感じる古さとは、自然と融合したふう合いである」(19ページ)など、様々な幸福論が述べられているが、全体を通じて筆者は現代社会を不自然なものと捉えているように思える。人間は本来、自然を愛するもので、人との交流を求めるものである。だから、住宅がそれを促す装置になるべきだと指摘する。
そこで感じるのは「私は自然の中にいて幸福と感じるのか」ということだ。私にも自然を美しいと感じる心はある。しかし、最も自然を感じる状況が田舎の住まいにあるとして、利便性に欠け、虫が出る家に住んでいることに最も幸福を感じるとは想像できない。私が若いから分かっていないのだろうか。もしそうなら、何を幸福と感じるかは変わっていくということだ。
住宅改革に向けて「我が国の住宅論で身につけるべきは時間という概念」(111ページ)で、「住宅が耐久消費財という概念は捨て去らなければならない」(112ページ)と指摘する。何年経っても住める(むしろ価値が上がる)ことを目指すべき姿に描くが、これが実現されて当たり前になった世界を想像すると怖さを感じる。
なぜか。それは人が変化できないからだ。筆者がいうように住まいが人をつくるなら、ずっと同じ家に住む人は変化、つまり成長もしないことになってしまう。
私たちはこれまでライフステージに合わせて拠点を変えて、そこで工夫を凝らして自ら幸福を探していたはずである。それが無くなり、100年住める家に生まれた子供はそこから離れず、一生そのコミュニティの中で生きる。そして、これが幸福なのだと神から言われる。そんな不自然な状態を幸福といえるのだろうか。
これからの時代、住宅に必要なのは「手軽さ」だと思う。結婚したときに生涯賃金の大半を投資する一軒家を新たに生み出すのではなく、今そこにある空き家や空室に簡単に入れるような仕組みが求められる。不動産の法律や制度が阻害しているなら見直せばよい。普段は都会で暮らし、週末は田舎で過ごす二拠点居住が容易に実現できれば幸福度も高まる。移動費用の高さが阻害しているなら不動産だけの問題ではない。価値観やライフステージ、気分の切り替えに対応できる住宅市場を生み出すことが求められる。
住宅は転換期にあることは確かだが、住宅が自由を摘み取る構図は避けるべきだ。幸福が何なのか、答えは個の意思にあるのではないだろうか。
【教員のコメント】
住めば都といい、不便な環境、粗末な住居にも満ち足りがある。満ち足りが抑圧や諦観ではなく、多様な選択肢による社会を創りたい。若者が残る時間に自由を、経験者が経た時間に欠落するもののバランスを求めて表現は錯綜するが想いは通底する。






















