「元々、研究職をやるつもりはなかった」。バブル世代で89年にリクルート社に入社し、営業やマーケティングを担当していた。ある日、エレベーター内で、リクルート住宅総研の部長から来てくれないかと声が掛かった。住宅・不動産分野も研究職も畑違いで、断るつもりで「給料上げてくれたらいいですよ」と言うと、エレベーターを降りる前に部長が了承して異動が決まった。
不動産知識がないままでのシンクタンクの仕事は、最初違和感があったが、生活者目線での不動産研究レポートは好評だった。「今考えると無茶な人事だが、産業目線ではなく、生活者がどう考えているかという視点の研究レポートが他にあまりなかったので評価されたと思う」と振り返る。
8年勤めて、以前は研究レポートの内容は完全に任されていたが、経営が内容に口を出すようになった。「会社の指示通りのレポートを出して『島原のレポートはつまらなくなった』と思われると、自分の価値も下がる。納得いかないものを出すぐらいなら辞めよう」と、次の職場の当てもないまま退職届を出した。























