残したい情景~文化的歴史的所産を巡る~ 第16回 群馬県前橋市 一般財団法人 日本不動産研究所 「生糸の市」伝える広瀬川河畔 活性化へ景観を保全、活用
住宅新報 2019年8月27日 号 12面
前橋市の中心市街地を流れる広瀬川は柳と桜の名所として知られており、河畔には散策路や緑地、あずま屋等が整備され、市民の憩いの場となっている。
弁天通りから広瀬川を下流方向に少し進むと、川の水が斜面を勢いよく流れ落ちている箇所があり、「交水堰」と呼ばれている。大量の水が流れ落ちる様子は見ていて吸い込まれそうな魅力がある。堰の下では水が白く泡立っており、前橋生まれの詩人、萩原朔太郎の「廣瀬川白く流れたり」という表現はこの場所を表現したものとする説が有力である。「交水堰」の名称は、すぐ下流にあった製糸工場の交水社に由来している。交水社は明治10年に創立され、昭和35年まで続いた前橋最大規模の製糸会社であり、諏訪橋の北東方、現在の市営駐車場あたりにあった。製糸工場では大量の水を必要とするため、「交水堰」は、製糸に必要な水を工場内に引き入れるために作った堰と言われている。
生糸は海外へ輸出 「交水堰」の南東方至近には「絹の橋」と呼ばれる小さな橋がある。交水社は、最盛期に数千人の工女が働いたとされており、「絹の橋」は工女らが回り道せずに対岸に渡れるように造った橋と言われている。
上毛かるたの「県都まえばし生糸の市(まち)」の読み札で知られるとおり、かつて前橋は全国でも一、二を争うほど製糸業が盛んな地域であった。横浜開港後、広瀬川の豊かな水を利用して多くの機械製糸場が生まれ、そこで生産された生糸は海外へ輸出された。広瀬川は、前橋市発展の礎となった歴史的側面を有しており、このような感慨にふけりながら広瀬川河畔を散策するのも面白い。
93(平成5)年には、広瀬川河畔に萩原朔太郎像が設置されると共に朔太郎橋が架けられ、その隣接地に萩原朔太郎ほか前橋市とゆかりのある文学者の貴重な資料等を展示する前橋文学館が開館した。17(平成29)年4月、萩原朔太郎生家の一部である「土蔵」「離れ座敷」「書斎」が広瀬川河畔に移築され、荻原朔太郎記念館として一般公開されている。
同年9月、広瀬川周辺の素晴らしい景観を守るため、また「水と緑と詩のまち」前橋のシンボルとして更に質の高い広瀬川河畔のまちなみ景観を創り、後世に引き継ぐため、前橋市は広瀬川周辺地域を「広瀬川河畔景観形成重点地区」に指定。当該地区内において建築物の新築、増築、改築等一定の行為を行う場合には、市への届出を要することとした。また、建築物の外観や門、かき、柵、塀、擁壁等の修景に自然素材を使用する等、一定の条件を満たす場合には、経費の2分の1以内かつ250万円を限度としてその経費を助成する「広瀬川河畔景観形成重点地区景観形成助成金」制度が創設された。
中心市街地は衰退 モータリゼーションの発達による中心市街地の衰退は全国多くの地方都市に共通する課題であり、広瀬川周辺に存するアーケード商店街も同様の傾向にある。広瀬川周辺の優れた景観資源を保全・活用し、中心市街地活性化の一助とする取り組みは今後も継続して欲しい。(前橋支所/不動産鑑定士・原孝幸)

























