残したい情景~文化的歴史的所産を巡る~ 第5回 静岡県・用宗 一般財団法人 日本不動産研究所 想定津波浸水域が追い打ち 懐かしさ感じる日常の営み
住宅新報 2019年6月4日 号 12面
「静岡」駅からJR東海道本線を利用して西へ2駅、オレンジ色屋根の可愛い駅舎の「用宗」駅を下車する。小さな駅前広場をまっすぐ、磯の香りに誘われて、5分ほど人通りの少ない平坦な道を歩くと駿河湾を一望する用宗海岸に辿り着く。
豊かな漁場
用宗は、古くは「持舟」と呼ばれ、駅背後の丘の上に戦国大名今川氏の属将が築いた「持舟城」があった。武田信玄に攻略され湊として水軍を配備したが、徳川家康の攻撃により落城し、その後は、海沿いに広がる細長い平地が漁村として発展した。用宗周辺の海域は、安倍川からの水が交わる豊かな漁場で、昭和44年には掘込式の人工港も開港した。さらに、高度経済成長期には、静岡市街地へのアクセスも良好であることから住宅地としても発展した。
しかし、近年は地域住民の高齢化、人口減少等による空家、空店舗等の増加、さらに東日本大震災以降は、用宗一帯が南海トラフ巨大地震等の想定津波浸水域として該当したことにより、住宅地等としての需要は急激に減少し、地価も大きく下落した。
用宗を散策すると、昔ながらの八百屋、魚屋、酒屋があり、魚屋の女店主と話しながらの買い物も楽しい。時として、道端には、その季節の野菜・果物の無人販売所もある。また、自動車も通行できない狭い路地を入ると、戦後まもなく建築されたであろう木造の古民家も数多く見ることができる。軒先には洗濯物が干され、玄関先には自転車が無造作に置かれている。耳を澄ませばテレビの音や笑い声も聞こえ、食卓の美味しそうな匂いもする。そこには、用宗の静かな日常が流れている。
昭和から平成、さらに令和になった今、何故かこころの奥底にある懐かしさを感じる。また、用宗には、連綿と守られている伝統や風習もあり、小規模ながらも地元住民による祇園祭、水軍まつり、漁港まつりなどが毎年開催されている。
用宗には、集客力に優れた華やかなテーマパークや全国的にも有名な神社仏閣等の観光施設はないが、どこか懐かしさを感じさせる日常的な空間がある。
地元民と交流体験
近年、古民家の空家を宿泊施設として、用宗港を臨む使用されなくなった水産加工工場に温泉を掘削して日帰り温泉施設としてリノベーションする事業者も出始めた。宿泊施設での朝食は、用宗に住むお母さん達が配膳するなど、用宗の日常や地元住民との交流体験をすることもできる。コンビニエンスストア、スーパーマーケット等で買い物することしか知らない子供達と一緒に八百屋さんで季節の野菜や果物を見たり、魚屋から朝獲れたばかりの用宗特産であるシラスの話を聞きながらの買い物体験、自動車が通らない道をキャンバスにしたお絵かき、空き地でのボール遊……。
日本人のこころの奥底にある懐かしい光景を、現実に体験できる用宗ならではの静かな日常が、令和という新たな時代を迎えた今、改めて見直されるべきではないだろうか。
(静岡支所、不動産鑑定士・鈴木隆史)


























