残したい情景~文化的歴史的所産を巡る~ 第2回 三重県・須賀利漁港 一般財団法人 日本不動産研究所 閉鎖や休校に老朽化進む家屋 古き漁村に続く米寿の風習
住宅新報 2019年5月14日 号 14面
シリーズテーマは「残したい情景」と聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、「須賀利漁港」だった。以前瓦屋根の木造住宅が寄り添うように集まる漁村の姿を写真で見て、一度は行ってみたいと思っていたところに今回のテーマが示されたので、早々に須賀利漁港に行くことを決めた。
かつては陸の孤島 須賀利漁港は、尾鷲湾の北方、熊野灘に突き出た小さな半島の南側に位置する、尾鷲市須賀利町にある小さな漁港である。昔はマグロやカツオが獲れる港であったが、今は鯛などの養殖が行われている。82(昭和57)年に県道202号線が開通するまでは自動車で行くことができず、尾鷲港と尾鷲市の飛び地である須賀利地区を結ぶ巡航船が主要なアクセス手段だった。しかし、この巡航船も12(平成24)年に97年の幕を閉じた。現在は公共の交通手段としては市のコミュニティバスが運行している。
須賀利漁港の魅力は前述のとおりその町並みにある。南側に港、北側に山が迫ってきており、海と山に挟まれた漁村は東西に長く広がっている。狭い宅地エリアに民家が密集しているため、港沿いの道路と、集落の中を東西に横断する道路はどちらも狭く、港沿いの道路は自動車がなんとか通れるものの、集落内の道路は自動車が通れない箇所が多い。
集落内にはこぢんまりとした消防車が2台車庫に納まる消防団の分団や、歴史の古そうな神社があったりと、狭い路地を歩くだけでもノスタルジックな風情を楽しむことができるが、その魅力を最大限味わうためには、集落を見下ろす山腹にある「普済寺」への石段を登るべきであろう。
須賀利漁港を紹介する写真の多くは、おそらくこのお寺周辺から撮られたものだ。びっしりと瓦屋根が連なる光景を一望できる。瓦屋根の連なりの先に入り江が見え、更にその先に山の緑が続く光景は、美しく懐かしい日本の漁村のそれである。これらを見て当初の目的は果たしたのだが、集落内を散策するとおもしろい(少し異様な)光景に出くわした。民家の玄関や店舗の店先のガラス戸に、黒い手形が押された半紙がいくつも貼られているのだ。
東紀州に伝わる風習
半紙の右上には朱書きで〝米寿〟とある。つまり米寿のお祝いであった。調べてみるとこれは尾鷲など東紀州でみられる風習のようで、中でも須賀利地区は色濃くこの伝統が残っているようだ。今回のテーマは「残したい情景」であるが、このような慣習も情景のひとつとして残ってもらいたいと思う。
今回こちらを訪れて昭和のノスタルジーを感じたのだが、半面厳しい現実も垣間見えた。集落内に唯一あった簡易郵便局は16(平成28)年に一時閉鎖となり、訪れたときも再開していなかった。集落の西端にある須賀利小学校は01(平成13)年以来休校となっている。そしてノスタルジーを感じさせる家々とはつまり老朽化しているということだ。漁港のある入り江の先には熊野灘、太平洋が広がる。厳しい現実のため、なおのこと「残したい情景」と思うのである。
(津支所/不動産鑑定士・佐藤康範)


























