一般財団法人日本不動産研究所48 地域資源を生かす ~まちづくりからインバウンドまで 鳥取県大山町 御来屋 「建武の新政」旗揚げの地 歴史的資産を街づくりに
住宅新報 2019年4月16日 号 12面
大山町は、05年名和町、中山町、大山町の3町が合併して誕生した人口約1万6千人、面積約190キロ平方メートル、鳥取県西部に位置する町である。多様な観光資源を有する国立公園大山があり、県内を代表する観光地である。日本海に面した地域では漁業が盛んで、ウニ、板ワカメは特産品として有名である。
物資集散の地 御来屋(みくりや)は、日本海に面した鳥取県大山町の中心部に位置し、江戸時代には伯耆街道の宿場町として発展し、鳥取藩の藩倉が置かれ、物資集散の地として栄えた。御来屋の由来は、後醍醐天皇が隠岐を脱出し、当地に上陸したことから、男嶋崎を御来屋に改名したという説が有力で、御来屋は「建武の新政」旗揚げの地として紹介される。後醍醐天皇上陸の時、天皇が体を休めるため、海岸にあった大きな岩に腰を掛けたという言い伝えがあり、この岩を「御腰掛岩」(おこしかけのいわ)と呼んでいる。30年ほど前までは海中にあったが、漁港の改修により海面に持ち上げられ、現在では陸の上に位置している。
御来屋は旧名和町にあるが、名和は、中世頃までは、豪族名和氏の領地だったことに由来する。名和長年は「建武の新政」に権力の中枢にいて、南北朝時代に南朝で活躍し、その後、名和氏は滅亡した。時を経て九州に落ちのびていた名和氏の子孫がこの御来屋に戻り、名和神社を建てその宮司となり今に至る。明治16年に参道に桜を植え、現在は桜の名所として有名だ。
古民家のまち並み
御来屋のまち並みは海岸と並行して長く続き、緩やかなカーブを描いている。街道沿いの両側に間口が狭く、奥行の長い「うなぎの寝床」といわれる細長い敷地に格子の美しい平入りの町家、蔵造りの商家などの古民家が続く。
JR御来屋駅は、木造平屋建ての無人駅で、山陰最古の駅舎として有名で、駅本屋と旅客上屋が国の登録有形文化財に登録されている。山陰地方に初めて開通した山陰鉄道の境港駅、御来屋駅間が明治35年に開通した。駅舎は山陰鉄道発祥100周年となる02年に改修され、その際、朝市「みくりや市」ができ、毎日、地元農家が収穫した新鮮な農畜産物や加工品が地域の人々に届けられる。
少子高齢化、人口減少が進み、産業の立て直しに苦慮している地方において、観光に目を向けることは、可能な一つの施策と言える。多くの地方自治体にとって、日本人観光客だけでなく、訪日外国人に対し地域の魅力をいかに発信するかは大きなテーマだ。大山という観光地だけでなく、歴史と結びついた資源を活用、アピールし、街づくりに活かす必要がある。(鳥取支所、不動産鑑定士・向井伸)


























