幸福論的 『住宅論』 住宅評論家 本多 信博 ◇36 共有すべき価値観 今やハードでも、経済性でもない
住宅新報 2019年3月26日 号 35面
連載: 幸福論的「住宅論」

コスモスイニシアが分譲中の新築タウンハウスには長屋の路地のようなほっとする空間が
18年4月に法制化されたインスペクション(建物状況調査)が注目を集めているが、インスペクションにも限界があることを忘れてはならない。インスペクションを実施して瑕疵や不具合がないと診断されても、それはあくまでもその時点(インスペクション実施時点)でのことに過ぎないからである。その住宅が築年数を経ていればいるほど、診断後まもなく不具合が発生してしまうリスクも考慮に入れる必要がある。
もちろん、一定の築年数を経た現在、不具合がないということは、これからも大丈夫だろうという推測も成り立つ。ただ、それは住宅に使われている部材や工法、更には築年数自体に関係することだから、素人がそうした推測をすることは難しい。
だからといって、インスペクターがそうした点にまで言及するかといえば、それはないと思う。
結局、インスペクションによる診断結果をどう見るかは、築年数、工法、使われている部材などの要素をかみ合わせ、法律に位置付けられたインスペクションを包含する、より広い見地から総合判断するしかない。
しかし、その総合判断自体も推測の域を出ないわけだから、最終的には価格との兼ね合いで購入するかどうかを判断するしかないということだろう。
中古のジレンマ
これが、筆者が数年前から指摘している〝中古のジレンマ〟である。リクルートなどによる住宅購入者に対するアンケート調査で、新築ではなく中古住宅を選んだ人にその理由を聞くと、一番多い回答は「価格が安い」ということである。
つまり、日本では価格が安いから中古住宅を選ぶ人が大半ということである。ということは、もし建物の診断技術が飛躍的に発達して、中古住宅でも向こう数十年にわたって品質が保証されるようになり、その結果新築との価格差がほとんどなくなったらどうなるだろうか。それでも、中古住宅市場は活性化し、拡大していくだろうか。
そもそも、中古住宅市場の存在意義は、価格の安さにあるという見方も有力だ。環境問題や人手不足などで今後も新築住宅の価格は上昇こそすれ、値下がりは期待できないとなれば、所得の低い層は中古住宅しか選択の余地がなくなるからである。
価格が安いのだから、将来的な品質に多少の不安があるのはやむを得ないという考え方もあるのではないか。価格が安いのだから、もし将来不具合が発生したら、多少の費用をかけてもDIYで修理すればいいという人たちが増え始めるかもしれない。そうした人たち向けのキット(組み立て式部材)がホームセンターなどで売られるようになる可能性もある。
異なる見方
自分がそうだから、他人(ひと)もそうだろうと考えることができた牧歌的時代は去り、人々の間から共有価値観が消え去りつつあるのが今の時代だ。それは寄って立つ立場、経済的状況、将来への希望の有無など人々を取り囲む状況がバラバラになってきていることが起因している。
そういう〝孤立社会〟になりつつある。何を幸せと感じるかさえ、人によって様々だなとの思いを強くすることも最近多くなった気がする。
ただ、誰もが心地よいと感じる空間があることは確かではないだろうか。その一つが、ヒューマンサイズの長屋風の路地だ。このほど竣工したコスモスイニシアの新築タウンハウス「ザ・ロアハウス吉祥寺」(5面記事参照)のアプローチゲートに続くコミュニケーションコリドー(写真)がそれだ。
左右の住戸に挟まれた路地が奥まで続く設計には独特の風情が漂っている。高層マンションの中廊下や中層マンションの外廊下のようなよそよそしさがない。
18戸ある各住戸は江戸時代の長屋のようにすべて同じ間取りではなく、3層メゾネットや、室内に箱庭があるタイプなど個性的な17タイプの間取りが採用されている。
室内ではそれぞれの趣味や感性を楽しみながらも1階の玄関ドアを開ければ、そこには誰もがほっとする安らぎの空間がある。価値観が共有されているがゆえに生まれるその安らぎは、かぐわしい花の香りのように住民の心を満たしてくれる。 (住宅評論家)






















