一般財団法人日本不動産研究所(18) 全国市街地の変遷 ――昭和の記憶から次代へ 茶市場が低迷、工場跡地にマンションも 利便性で住宅地として脚光 静岡市・茶商が集積する「茶町」に変化
住宅新報 2017年9月19日 号 18面
連載: 全国市街地の変遷
静岡駅から1キロの界隈
JR静岡駅北口、呉服町通りを1キロほど歩くと、「茶町」といわれる地名の町に辿り着く。新茶のシーズンともなれば、この茶町界隈は煎ったお茶の香りに包まれる。この茶町界隈のまちなみの様相が、最近、少し変化している。
静岡県は全国一のお茶の産地として有名である。静岡市内には、その収穫された茶葉(荒茶)を製品化するために、茶葉を買い付けて製茶販売する、茶商といわれる事業者が集積している地区があり、その地名が「茶町」である。
古くは徳川家康が静岡市内に駿府城を築いた頃、すでにこの地に茶商が集まっていたといわれている。江戸時代末期から明治時代にかけては、アメリカを中心に茶が輸出され、生糸と並ぶ主要な輸出品となり、茶町界隈も茶業で営むまちとして繁栄し、茶商のほか、茶缶、茶袋等お茶関連事業者も数多く集まった。
また当時は、茶町界隈から清水港まで茶の陸路輸送として鉄道が敷設されており、茶町周辺では現在では廃線となったものの、清水港付近から市内の商業地として栄える鷹匠地区までの鉄道路線(現在の静岡鉄道静岡清水線)が今も残っている。
お茶は最近でこそ、ペットボトルによる緑茶を目にすることが多くなったが、戦後の高度経済成長期以降、コーヒー、紅茶、清涼飲料等の飲料の多様化、家庭などで急須を用いて緑茶を飲む習慣が減ったことで国内のお茶消費は減少。こうした影響で茶葉の需要も落ち込み、茶葉の価格は低迷し、茶農家による茶葉出荷量は減少。茶農家の高齢化なども重なって茶市場は全体的に縮小傾向となっている。また茶商を中心としたお茶関連事業者の経営も冴えない状況が続いている。
取扱量は減少傾向
更に緑茶飲料メーカーによる九州などでの茶の直接栽培により、茶町界隈に集積する茶商を通さずに緑茶飲料を商品化するなど、茶町界隈のお茶関連事業者の国内茶産業全体から見た相対的な力も低下傾向にある。茶町界隈には全国でも珍しい茶市場((株)静岡茶市場)があるが、グラフのように茶市場が取り扱う数量、金額は年々減少している。
一方、茶町界隈はJR静岡駅へ徒歩圏内、静岡市の中心商業地である呉服町、両替町などの商店街も近く、また郵便局、金融機関、病院、スーパー、小学校などに恵まれ居住環境として利便性が高い。最近では廃業する茶関連事業者も多く、その事業者の製茶工場などの事業用跡地がマンション用地、戸建住宅用地の住宅系の土地として転用されるケースも目立ってきている。お茶関連事業者が集積している茶町界隈のまちなみも変わりつつある。
(日本不動産研究所静岡支所、不動産鑑定士・鈴木隆史)

























