人が亡くなった場合に「鬼籍」に入ったと言います。徳を積んだ僧などは極楽に行けますが、徳の薄い一般庶民は「鬼」になりました。中国の古い書物「山海経」によれば鬼になった魂は、中国東北部の僻地にある大樹の下に集まり、その大樹のある場所への入口が「鬼門」だそうです。入口には大きな鬼の兄弟がいて、徳は薄くても善良な民は門の通過を許し、不徳の民は飼っている虎の餌にしてしまったそうです。
この鬼のイメージは後にお寺の山門に安置される金剛力士像や仁王像に転化しました。鬼門は東北の方位、すなわち牛・虎の間に当たるため鬼は虎皮の褌を付け、頭には牛のようなツノのある生き物として描かれ、俵屋宗達「風神雷神図」もそのように表現されています。
方位については、中国では建物の東北の位置は暗く湿った陰気な方角とされていたことと、東北からは匈奴やフン族などの侵入に悩まされ、その恐怖感が鬼や凶事のイメージにつながったことから、東北を「凶の方位」としました。この考え方は、当時盛んに往来していた遣唐使に随行していた仏僧たちが持ち帰り、広めました。京都の東北には比叡山延暦寺があります。これも鬼門に寺を構え「国家鎮護」を願ったからのです。























