建設コンサルタントとして東北地方の工事現場や災害現場を飛び回っていたころ、祖父・横須賀博氏から「鑑定事務所の後継ぎがいないので、あんたやってみない」との誘いの電話で決心。03年10月に入社。厳しい指導を受けて試験に合格。不動産鑑定士になった08年5月からは、ひたすら鑑定評価書を書く日々だった。
そんな中で「鑑定士の仕事はこれでいいのか」という疑問が頭をもたげる。ちょうど東日本大震災の影響で「会社保有ビルがどんどん空室になっていく」頃で、初めて自社ビルと真剣に向き合う。ビル事業の立て直しに取り組んだことで「テナントと直接やり取りしてニーズを把握すること、ビルの管理運営を体系的に進めていくことの大切さ」を教えられた。
その取り組みは本紙『中小ビル所有者の生きる道』(8月2.9日号、16日号各4面)の通り。浜松町ビルはレンタルオフィスに転換して活路を見出す一方、震災後約10テナントが空いた銀座ソシアルビルは様々な手法を採用し2年間でほぼ満室稼働に戻した。























