空き家をつくらない 未来の都市計画 (中) 都市計画法制定から約半世紀 「抑制区域」も市街化
住宅新報 2015年12月22日 号 1面

市街化調整区域内で農地と混在する住宅
埼玉県西部のある市で、完成間近の白い建売住宅を見掛けた。備え付けのチラシには「耐震等級3」「ワンランク上の外壁材」など、建物仕様の充実ぶりを謳った文言が並ぶ。一方、すぐそばには農地が広がる。チラシの都市計画の欄を見ると、そこは市街化調整区域だった。
〝乱開発との闘い〟
「都市計画の歴史は〝乱開発との闘い〟といっていい」。東洋大学理工学部建築学科の野澤千絵教授が言う。
現在の都市計画法が制定されたのは、戦後の経済成長が著しい68年。都市に人口が集中し、市街地が無秩序に拡大していく中で、土地利用のコントロールが目的とされた。手法としては、都市計画区域を「市街化区域=計画的な市街化を促進すべき区域」と、「市街化調整区域=原則として市街化を抑制すべき区域」に線引きする制度を採用。現在、国土面積約37万8000平方キロメートルのうち、都市計画区域が約1017万3000ヘクタール、市街化区域が約144万8000ヘクタール、市街化調整区域が約379万ヘクタールとなっている(13年3月末時点)。そして線引き制度を担保するため、農地の宅地化など建築目的で行う開発行為を、規模に応じて許可制とする開発許可制度が創設された。
市街化調整区域ではその趣旨に則って、規模を問わずすべての開発行為と建築・増改築で許可が必要とされた。併せて、「日常生活に必要な施設」の建築目的で行うケースなど、許可できる開発行為の類型も限定。ただ、調整区域に線引きされた地域では不公平感を訴える住民もいたという。市街化区域との境目など「場所によっては、道路1本隔てただけで開発が抑制されることになった」(野澤教授)からだ。そこで国は、線引き前から宅地だった市街化調整区域については建築や増改築を届け出制とする、既存宅地制度を創設。「元々の住民に対する救済規定」(国土交通省)だった。
この制度は、00年の都市計画法の改正時に廃止となった。届け出をすれば基本的にどの用途の建築物でも建築可能だったため、住宅地の真ん中に遊戯施設が建設されるといったトラブルが次第に増加したことが理由だ。しかし、当時は市街化調整区域での住宅建築の道を完全に閉ざすことが現実的でなく、代替措置として、都市計画法第34条に第11号を新しく規定。市街化区域の縁辺部に位置し、概ね50以上の建築物が連なっている市街化調整区域内のエリアについて、開発許可権限をもつ自治体が対象地域と用途を条例で定めた場合に、開発が認められる内容である。
第11号の新設は必ずしも規制緩和ではなく、強化の側面を併せもつ。既存宅地制度では建築について許可自体を不要としたが、第11号は対象エリアと用途を限定した上で開発許可を下ろす仕組みとしているからだ。ただ、あくまで線引き前よりそこに住んでいた人々のための制度であり、外部からの人口流入を基本的には想定していなかった既存宅地制度に対し、第11号は市街化区域からにじみ出す形での開発を許容する。13年度末時点で、全国158の自治体が第11号に基づく条例を定めている。
条例制定で許可倍増
こうした経緯をたどりながら、野澤教授は「土地の所有者と人口を増やしたい自治体、そして開発業者それぞれの思惑が重なった結果、市街化区域からしみ出して街が広がっていった」と指摘する。
実際、第11号に基づく条例を制定した自治体の一つである埼玉県川越市では、市街化調整区域での開発許可件数が「従前から倍増」(同市)。条例制定後の件数は、市街化区域の50~70件程度に対し、市街化調整区域でおおむね200件を超えるようになった。大半が住宅だったという。
その川越市は現在、開発許可の基準を条例施行前の状態に戻している。11年に、同条例に基づく区域指定を廃止したのだ。スプロール化に伴う弊害が、顕在化してきたことが背景にある。
それは具体的に、どのような問題だったのか。 (鹿島香子)


























