脚光浴びる不特法商品 サタスインテグレイト社長佐藤一雄 ◇3 不動産が〝株〟になる 現物だから国交省所管
住宅新報 2015年4月21日 号 3面

【グラフ】東証1部不動産時価総額に対するJリート時価総額の比率
金融機関が破綻
不動産業界に一拍子遅れて、金融業界を不良債権の大津波が襲う。
そのすさまじさは、「このごろ都に流行るもの。貸渋り・貸剥しに倒産・自殺」。97年に拓銀・山一など、98年に長銀・日債銀などと破綻が続き金融危機がピークに達した。大蔵省の護送船団は、次々撃沈され誤(・)送船団になり果てた。
大蔵省は不良債権の買取り機構、税金投入と救援に大わらわだったが、98年にTMK法(後の資産流動化法)を施行した。伝統的なリース債権などに加え、初めて不動産も対象とすると共に、有価証券化した。
Jリートの先駆けともいうべき同法の生みの親が当時銀行局室長の任にあり、現在TVでご存じの片山さつき参議院議員である。だが、TMKはディベロッパーの開発や本社ビルのリースバックなどによる不動産保有企業の資金調達に活用されたが、2次流通市場とリンクしていないため、〝不動産殺し油地獄〟脱出のキメ手にはなり得なかった。
国策だったJリート
そこで、日本経済再生の切り札として、不動産シンジケーション協議会(現不動産証券化協会)設立以来、つとに提案してきたJリートの創設が、最終的に「国策」として急浮上した。
大蔵省(金融庁)と国交省の協議のもと、00年11月改正投信法が施行され、翌年9月10日、日本ビルファンド(三井不動産系)、ジャパンリアルエステイト(三菱地所系)の2銘柄が、東証に上場された。まさにその時、不動産ガ株ニナッタ!。不動産市場に新しい資金を呼び込むことによって新しい風が吹き始めた。そして現在時価総額10兆円を超え、不動産市場の安定化と国民の資産運用に重要な機能を果たしている。いまやナント! 日銀がJリートを買う時代が到来した。
なお、金融庁は証券取引法などを大改正し、07年9月に「金融商品取引法」を施行した。金融商品の販売や資産の運用に関する包括的・総合的な法律で、日本の金融システムを抜本的に組み換えた。
不動産現物は国交省、現物でも株式(有価証券)になれば金融庁と、その境界は一ミリも動いていない。だが、この機に金融庁は有価(ユウカ)証券の定義をぐんと広げ、「ソコマデユウカ、ナンデモユウカ」と権限を拡大した。
宅建業者が投資運用
さて、話を不特法に戻そう。不特法は投資家保護を目的に事業者を許可制として、不動産投資市場の整備を図った。許可要件の一つ「宅建業者」であることがポイントだ。 宅建業者は、不動産事業(売買・交換・賃貸)によって生じた収益を、投資家に分配する。宅建業者が不動産投資運用という新フロンティアにおいて法的裏付けを得た意義は極めて大きい。
投資では、SPCによるペーパーカンパニーが通常使われる。事業主体との倒産隔離や透明な経理処理のためである。 実体のないSPCは、すべてを外部委託せざるを得ない。ところが、不特法では実体を持つ宅建業者が、自らの固有事業と不特法事業を兼営するシンプルな構造となっている。
そのため、組成コストの負担増を免れ、事業者の内部運用が図られる半面、厳しい受託者責任が求められる。
所有または出資は投資家、投資運用は事業者と「所有と経営の分離」を図る。不動産は植物と同じように「生きもの」なので、適切な肥料や水やり等のノウハウが重要である。
不動産はお金を生み出さない。お金を生み出すのは有能な宅建業者だ。
さとう・かずお=64年三井不動産入社、86年三井不動産販売不動産運用部長(出向)。本邦初不動産小口化商品「トレンディ」の証券化。90年不動産シンジケーション協議会(現不動産証券化協会)設立に奔走。94年同協議会初代専務理事(出向)。99年三井不動産を退社し、サタスインテグレイト設立、代表取締役就任。08年から自社不特法商品「ゆうゆう倶楽部」を運用中。
























