天井が高い 松岡英雄 新住まいのことわざ(84)
住宅新報 2011年9月27日 号 22面
『月に吠える』で有名な詩人・萩原朔太郎は「住宅について」と題する随筆の中で指摘している。
「近頃の住宅では、天井をむやみに高くすることが流行するが、これもまた時代病的悪趣味の一つである。(略)天井が高いのは、個人の臥居(がきょ)する住宅には不適である。(略)なぜなら気分が散佚(さんいつ)して、家庭的な落着きと安静がない上に、光線の放射が多角的で、居間や書斎としての適宜な心地よい採光が得られないからである。」
2畳の寝室に万年床を敷きっ放しにして1日中立体写真に見入っていたとか、北向きの書斎にはいつも重くカーテンが垂れていたとか、明るい部屋が嫌いだった朔太郎には、天井を高くするようになった昭和12年頃の住宅は不満であったらしい。
また、兼好法師も『徒然草』で、天井が高いのは冬寒くして灯火が暗いと言っているが、エネルギーが十分でなかった時代、そういう考えがあったとしても不思議ではない。
『天井が高い』とは、上がつかえていないことから、昇進する余地がある、将来性があることをいう。『天井がつかえる』はその逆。
住宅の天井は高い方がよいが、組織ではどうなのだろうか。組織を活性化するにはある程度天井も高い方がよいけれど、しかし、出世や昇進に汲汲とする人間が多くなると、組織の成長発展はストップしてしまう。
天井の高さは、だから難しい。 (エッセイスト)






















