4月からは社会人。残りの大学生活を楽しんでいた時期だった。翌日は大学の講義もなく、のんびりとした日。そんな「安住」を、あの突然の揺れが打ち破った。
兵庫県芦屋市の住宅街。何が起きたのかはっきり分からない中、同居している祖母を含め家族全員の無事を確認できた。建物に大きな損傷はなかったが「半壊」。その日からライフラインはストップし、近くの中学校へ水を汲み行く毎日が始まった。
「大変な日々。地震がなかったらするはずもない経験ばかり」。真冬だったが、久し振りに真水で髪の毛を洗えた時の爽快感は忘れられない。大学までの交通網が遮断されていたため、震災後大学に通ったのは、卒業式の1日だけだった。























