日本不動産研究所 全国の地価 ~その軌跡と変わる街 (3) 宮崎市・新婚旅行のメッカから脱皮 マンション建設が盛んに
住宅新報 2014年6月10日 号 12面
宮崎の地名は「神武天皇の高千穂宮跡と伝えられる皇宮屋、または奈古神社の前に広がる地としての宮前からの転訛かともいわれる」(出典・角川日本地名大辞典-宮崎県版)とおめでたく、かつ古い歴史をもつ。戦国時代までは山城の宮崎城があったが、1615年の江戸幕府による一国一城令で廃城となり、城を中心とした市街地は形成されなかった。また、第二次世界大戦時において、計19回もの激しい空襲を受けて、中心部は廃墟と化した。戦後、戦災復興土地区画整理事業により市街地復興工事が進められ、今の区画整然としている宮崎市を形成している。
商店街意外に健闘
【商業地】 市内一番の繁華街は地元と鹿児島に本店があるデパート、銀行などが連なる橘通り(国道220号)沿いのエリアである。また、オフィス街は宮崎駅から橘通り方面へ伸びている高千穂通り(県道25号)沿いを中心に立地しているが、マンション、駐車場も混在。駅前はそれほど高層化が進まず、やや寂しい印象である。アーケード商店街として若草通り、一番街商店街があるが、シャッター商店街となることはなく、意外と健闘している。また、中心部の単館・アート系映画館のほか、郊外にシネコンを有する大型ショッピングセンター「イオンモール宮崎店」があるが、かなりの集客力を見せている。























