新住まいの「ことわざ」<192> 渇して井を穿(うが)つ 松岡英雄
住宅新報 2013年11月19日 号 18面
連載: 新住まいの「ことわざ」
踏切には遮断機がある。交通量が少なければ警報器が設置してある。標識だけという踏切もある。昔、近くを走る東海道線の踏切には踏切番のおじさんがいて、遮断機の上げ下げをしていた。雨や雪の日には大変だなあと子供心に思ったものである。今は自動化されて踏切番はいない。鉄道経営の合理化、効率化のためには当然である。そうではあるけれど、踏切内で倒れていた老人を助けようとして、自らの尊い命を失った横浜の女性の事故があったりすると、踏切番がいたら事故は防げたのではないかと思ってしまう。
時代が移って無くなったもののひとつに伝言板がある。今の若い人は見たこともないだろうが、駅の改札口近くに黒板が置いてあった。待ち合わせをして会えなかった人があとから来る人に何かを伝えたい時にチョークで書いた。中年以上の方なら、一度や二度はお世話になったはずである。
表題の言葉は、のどが渇いてから井戸を掘っても手遅れであることから、必要に迫られて急に準備しても間に合わないことのたとえ。また、時機を失することのたとえ。






















