新住まいの「ことわざ」<185> 隣の喧嘩に余所(よそ)の火事 松岡英雄
住宅新報 2013年10月1日 号 12面
連載: 新住まいの「ことわざ」
吉永小百合さんは本名か、それとも芸名なのだろうか。彼女がデビューした頃、小百合という名前が新鮮だった。歳老いて、小百合は似合わないのではないかと思ったが、どうして、彼女は名前に相応しい女性として今も永遠のマドンナであり続けている。
ビジネスの世界ではまず名刺交換から始まる。宅建の取引も主任者証を提示して、身元身分を明かしてから始まる。名前は顔であり、固有である。親から貰ったものだからこそ、名前を大切にしないといけない。
ネットの世界では、名無しさんが横行している。顔がわからないから、発信する情報や意見も無責任になりかねない。怖い世の中になったものである。
個人情報何とかという法律が05年に施行されてから、マンションでは居住者名簿が作成されなくなった。表札さえ掲げていない住戸もあり、同じフロアであっても名前がわからない。顔が見えてこない。
表題の言葉は、自分に直接の利害関係がなければ、人は無関心で薄情であることのたとえ。住みにくい世の中になってきた。
会社の名前も最近ではわからないものが多い。横文字の社名は業種すら想像できない。どうか、三井不動産、三菱地所、住友不動産の名前を変えたりしないでもらいたい。
ところで、吉永小百合さんは本名だったが、結婚して岡田小百合さんになっているから、今は芸名ということになる。 (エッセイスト)






















