「御蔵(おくら)にする」 松岡英雄 新住まいのことわざ(102)
住宅新報 2012年2月7日 号 18面
連載: 新住まいの「ことわざ」
永井荷風は麻布市兵衛町にあった自宅を偏奇館と名づけていた。ペンキ館のしゃれである。荷風はそれ以前、大久保余丁町にあった実家の屋敷内に増築した小庵にも断腸亭と名づけている。偏奇館は1920(大正9)年、外国人が住んでいたものを購入し洋館らしく白いペンキを塗って改装したのだという(青色という説もある)。その頃、白い建物は主人ともどもさぞや目立ったことだろう。代表作「墨東綺譚」はここで書かれた。
『御蔵にする』は、予定していた芝居や映画の上演を取りやめにすること。計画していたことをやめにすること。世の中で『御蔵入り』になることは往々にしてある。
この言葉を目にしたとき、慶応義塾大学の構内になまこ壁でできた建物があったことを思い出した。「なまこ壁」とは、外壁に方形の平瓦を張り付け、その継ぎ目をしっくいでかまぼこ形に塗りあげた壁である。もっとも、それは貴重品を収蔵するための蔵ではなく、演説館だった。ちなみに、「演説」は「スピーチ」を福沢諭吉が翻訳した言葉である。あの演説館で、30代の6年間、文学部教授だった荷風はフランス文学について講演したことがあったのだろうか。






















