この地上において今 住まいが未来を語り始めた ◇31 住宅評論家 本多信博 不動産業は「アート」 住まいは〝哲学〟
住宅新報 2021年3月2日 号 13面

日本の近代建築は150年前、西洋の建築技術と美術的意匠を学ぶことから始まったが、今や技術的には世界最高水準に達し、日本独自の美を備えるまでに進化した。ここ「虎ノ門ヒルズ」のフォルムにはどこか和の趣さえも感じられる
この地上をキャンパスにして、〝街〟というアートに挑むのが不動産業なら、その一角を埋める住まいには哲学が求められている。なぜなら、住まいは生活の基盤だが、何をもって〝基盤〟とするかは哲学の問題だからである。
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住まいにとって、最寄り駅からの距離は〝基盤〟とはなり得ない。それは「拠点」としての一要素に過ぎないからである。では「広さ」はどうか。住まいにとって「広さ」は、質なのか量なのかという問題がある。建築学的にいえば、全体が一つのプロモーションとしてまとまっているかどうかがポイントで、「広さ」そのものは建物の良しあしからは中立となる。
〝基盤〟とは何か
次に、住まいにとって「美」はどうだろうか。生活の基盤としての一要素となるのだろうか。「美」は人間にとって永遠の価値の一つと考える。美に生きる人もいる。しかし、「美を価値と認めない人間などこの世にいるはずがない」ということを証明することはできない。ただ、いたとしても、それは極めて少数派だとすれば、住む人の心を癒やす「美」は、生活の基盤たる住まいにとって重要な要素と言っていいだろう。
建物と「美」
では、住まいや建物にとっての美とはなんだろうか。それは、私立探偵フィリップ・マーロウ(レイモンド・チャンドラーの小説「プレイバック」に登場)の有名な言葉になぞれば、「建物は実用性がなければ存在できないが、美しくなければ存在している資格がない」ということだろう。それは建物の規模が大きくなればなるほど言えることだと思う。
明治10年に新政府の招きで来日し、工部大学校造家学科(現東大工学部建築学科)の学生に近代(西洋)建築を教えたジョサイア・コンドルは、「建築とは何か」と題した講演でこう述べたという。 「美を意識して作られた建築をアーキテクチャーといい、実用性だけではビルディングに過ぎない」
建築における美の重要性を意識していただけに、彼が残した作品は、上野博物館、有栖川宮邸(本館)、鹿鳴館などいずれも人々の心に強い美的印象を残した。
そして、コンドルに学んだ辰野金吾の日銀本店、片山東熊の日赤中央病院病棟、曽禰達蔵の三菱銀行神戸支店など明治を代表する建築物はいずれも美術的意匠が重要な要素となっていたことは言うまでもない。
建物に対する美意識の向上なくして美しい街並みは生まれない。それはなにも公的建物に限ったことではなく、街の一角を埋める住まいについても同様である。近年の戸建て団地などが、統一感のある景観や色使いなどに配慮するのもそのためである。
タワーマンションの美しいフォルムを見上げるたびに、いったいどれほどの感性と直感的ひらめきがあれば、あのように巨大な造作物の想を得ることができるのかと驚愕もする。
デザインを登録
ただ、住まいを癒やしの空間として捉えるなら、住まいに対する美意識が建物の外観だけではなく、内側の意匠(内装)に向かうのも当然だろう。その意味で昨年、アールシーコアが展開するBESSの家の内装が改正意匠法に基づき、日本で初めて意匠登録されたことは記念すべきニュースとなった。登録されたのは「程々の家」の新モデル『泰運(たいうん)』(20年4月発売)の内観だ。日本人の感性に軸足を置き、木に囲まれた大空間や天井を走るダイナミックな登り梁、趣深い室内格子など独自のデザインとその新規性が認められた。
実は、住み手にとって建物の外観と内観は調和してこそ真の安らぎが生まれる。日本人は明治になるまで、外観も内観も木造の建物しか知らなかった。明治になって急ぎ、近代化の象徴としての鉄骨や石造りの建物を、そして西洋の価値観に基づいた〝美〟を受け入れてきた。しかし、それまで何千年も続いていた日本の木造文化への郷愁が明治維新から150年を経た今、ようやくよみがえろうとしているようだ。(住宅新報顧問)

















