学力全国1位
毎年小・中学校で実施されている国語と算数(数学)の全国学力テストで、秋田県の小学校は07年度の同テスト開始以来10年連続全国1位である。中学校も毎年トップクラスの成績だ。その要因の一つに、学校と連携した「家庭学習」の徹底がある。学年に応じた一定時間(目安として10分×学年)は必ず家で学習する習慣を子供に身につけさせているという。
一方、秋田県といえば本州辺境の地にあり、全国で最も高い高齢化率(36.3%)、止まらない人口減少(昨年100万人割れ)、その最大の要因である若者の県外流出など多くの難題を抱えている。 国立社会保障・人口問題研究所によると県人口は40年には70万人まで減少すると見られている。そうした底知れぬ危機感こそが、県と県民が一体となった〝子供の学力強化〟に向かわせているのではないか。郷土の再生を、子供の教育という人間形成の原点に懸けているのである。
家庭学習の力
秋田県式学習方法の成功は、子供の教育においていかに家庭の役割が大きいかを示している。家族の団らんを核とし、必ず親が子供にその日学校であったことを聞く習慣や、子供が居間で勉強を始めたらテレビを消して集中できる環境をつくるなど、家族全員で協力し合う態勢が欠かせないからだ。そうやって、家族が力を合わせ、子供が何かを成し得たとき、家族の絆は強まっていく。
念のため付け加えると、秋田県の子供は体力テストでも全国上位だし、不登校率は全国最少レベルにある。つまり、子育てという一大事業を家庭と学校が連携し補完し合うことで文武両道、「自立した大人に育てる」という教育の究極的目標にもかなっている。そうした秋田県方式の成功から見えてくるものは、「辺境が中央をしのぐ」という逆転の思想である。辺境の力
人口減少、少子高齢化、国の財政危機など日本社会を覆う閉そく感を打破する力は、この〝辺境の思想〟からしか生まれないのではないだろうか。追い詰められても逃げない思想、逃げ場はないと覚悟する潔さが課題解決への粘り強さを発揮する。秋田県では今後も人口減少、高齢化の波は避けられないと覚悟しつつも地道な改善努力を続けることで、いつの日か起死回生のチャンスを狙う。
危機感が薄い〝中央〟にあると、これまでの成功体験の延長線上でしか未来に立ち向かう術を知らない。しかし、40年には高齢化率が35%に達し、単身世帯の比率が全世帯の4割という数字を挙げるだけでも、日本の未来がこれまでの延長線上にないことは明白であろう。
今の大人はそれでもなんとか生き延びることができるかもしれない。しかし、子供たちを〝親も知らない海〟に放り出すことは許されるのだろうか。今こそ、家族で団らんする時間を増やし、親子の会話を子供の教育に生かし、子供に学ぶ力と意欲を自然に身につけさせる家庭が、池にさざ波が立つごとく静かに日本中に浮かび上がらなければならない。戦後間もない頃には〝子供を甘やかさない〟という規律がまだ地域と社会に残っていたのだから。
長い〝時間軸〟
日本人にどうして住宅を購入するのかと問えば、「家族が幸せになるため」と多くの人が答える。家族が幸せになるということは、先に逝く親が見届けることのできない子や孫の未来に夢を託すことである。見届けることができないからこそ、子供を必死で教育し、自立した大人に育てようとする。
では、親から子へ、子から孫へと託される夢とはなんだろうか。それは、個々の家庭が育む〝幸せの流儀〟とも呼ぶべきものではないか。流儀だからこそ親子で技を磨き、鍛錬し、その流儀を伝承していく場が住まいである。そのように、日本の住まいが長い時間軸の中で語られるようになったとき、ハードとしての住まいと、幸福という目に見えないソフトとしての住宅が融合することになる。(住宅新報顧問 本多信博)


















