■転機となった 東京での生活
私は、そもそも、兵庫県尼崎市の金属製品素材メーカーに勤務していました。1993(平成5)年、大賀不動産の先代社長に東京に来ないかと誘われました。その当初はお断りしておりましたが、自分の人生の転機になるかもしれないと上京を決意し、95(平成7)年に起きた阪神・淡路大震災の後、東京に転居。その年の7月に大賀不動産に入社いたしました。
そして、96(平成8)年に先代社長が急逝されたため、97(平成9)年4月に社長に就任いたしました。入社してから社長就任までほぼ1年半しかなく、実質の事業承継はほとんどできませんでした。そのため、管理部門は何とか体制をとることができたのですが、営業(分譲)はゼロからのスタートでした。先代からはかねがね、分譲はしなくてよいと言われていましたが、意地も興味もあり、実施いたしました。そうこうするうちに、99(平成11)年には、先代社長夫人も亡くなられてしまいました。
■ありとあらゆる会社 事例・ノウハウを吸収
翔経塾には、分譲・管理・土地仲介・建築・ホテルなど、不動産に関する、ありとあらゆる会社が集まっており、承継できなかった事例など、経営のノウハウはもとより、資料の提供や物件の見学を通していろいろなことを教えていただきました。
例会では、創業者の諸先輩の体験談や事業の取り組み方など、貴重な話を聞くことができ、「なるほどな」と思うことが多く、非常に参考になりました。また、それだけでなく、遊び方もいろいろ教えていただきました。
■先を見据えて協力と 継続を軸とする翔経塾
時代の先を見据えて、協力と継続を軸とする翔経塾が、この先も三代目、四代目と続き、更に発展することを願います。

























