日本創成会議の首都圏問題検討分科会(座長・増田寛也東京大学大学院客員教授)は6月4日、「東京圏高齢化危機回避戦略」を発表。その中で、2025年には東京圏で介護施設が約13万床も不足するとして、東京圏の高齢者に地方への移住を提言した。
これに対し、地方の自治体からは「高齢者を受け入れると医療保険や介護保険で負担が増え財政が破たんしかねない」との懸念が多く示された。また、一部の有識者からは「住み慣れた地域で最期まで暮らすために厚労省が進めている地域包括ケア政策と矛盾する。自分が望んで行くのであれば問題ないが、判断能力を失った高齢者を追い出すための〝姥捨て〟政策になるのではないか」といった強い反対論も上がっている。
25年といえば、団塊世代(1947~49年生まれ)がすべて後期高齢者(75歳以上)となる年である。危機回避戦略は「このままでは、近い将来、介護施設を東京圏の高齢者が奪い合うような深刻な事態が生じかねない」とショッキングな表現を採用、早急な手立てを求めている。
団塊世代の悲哀
団塊世代の人生は、生まれた時から過酷な競争の連続だった。小・中学校の教室は50人以上のすし詰めで常に何かを誰かと競っていた。大学進学率は15~20%程度だったが富裕な家庭はまだ少なかったから多くが国公立大を目指し、入学は至難を極めた。
社会人になってからも家庭を顧みることなく働いて、やっと一人前とみなされるような勝ち残り競争が続いた。そして、ようやく定年。せめて老後は心穏やかに過ごしたいと思った矢先であろう。少し先のこととはいえ、とうとう終の棲家となる介護施設でも〝狭き門〟を宣告されてしまったのである。
「こうなったら破れかぶれ。せめて地方から迷惑がられないように、元気なうちに地方へ移住しよう」と思い立つ団塊世代が増えても不思議はない。リタイア世代で移住志向が強いのは男性のほうだ。妻に反対されたら、まずは先兵隊の覚悟で地方に乗り込み、環境を整えることができてから妻を迎えにいけばいい。
もちろん、夫婦の意思がそろうに越したことはない。一緒に移住すれば子供たちも安心するだろう。最悪の選択は2人とも何もせず年を重ね、そのうちに妻か夫に先立たれ、寂寥だけが漂う一人暮らしになってしまうことだ。
たとえそうなっても、古ぼけた自宅にしがみついて一生を終えるよりも、多少のリスクはあっても新たなフロンティアを目指してみる。それぐらいの気力はまだ多くの団塊世代は残しているだろう。
〝積極主義〟こそ肝要
実は、創成会議が全国896の市区町村を「消滅可能性都市」と指摘した前回の提言以来宿している姿勢は、少子高齢化・人口減少問題に対し何もしないのではなく、日本をもう一度元気にするために新たな対策にチャレンジする〝積極的日本再生主義〟だと思う。
安倍首相の「積極的平和主義」を戦争への道と批判することは易しい。では従来の平和主義を唱えてきた人たちは、テロの激化、資源外交の狡知化など日本を取り巻く安全保障が激変する中で、平和を維持するためにどんな新たな手立てを打ち出しただろうか。
東京都では既に高齢者の4人に1人が単身世帯で、2035年にはその比率が30%に近づく。核家族化が進み、寿命が延びたことの必然の結果である。誤解を恐れずに言えば、既に自宅が〝姥捨て山〟になっている。高齢者がたった一人で何十年も暮らす寂しさを、どう回避すればいいのか。
高齢者が自ら元気なうちに地方に移住し、新たなコミュニティに活路を見いだす。これこそ〝積極主義〟と受け止めたい。もし今、何の手も打たなければ体のいい〝自宅放置〟という姥捨てが進行するだけである。 (本多信博)


















