新住まいの「ことわざ」<151> 炬燵 俳諧 夏将棋 松岡英雄
住宅新報 2013年1月29日 号 11面
連載: 新住まいの「ことわざ」
近所に将棋好きの若い衆がいて、子供たちに将棋を教えてくれた。私も教え子のひとりで、曲りなりに将棋を指せるようになったのはその人のおかげである。将棋では「待った」ができないことも教わった。もっとも、実際には待ったを許してくれるやさしい人だったから、子供たちには人気があった。
昨年暮れに将棋の米長邦雄さんが亡くなった。49歳での名人位獲得は最年長記録である。将棋連盟の会長だった。訃報に接したとき、唐突に思い出した。昭和40年代の終わり、将棋会館建設委員長をしていた大山康晴名人が、私がいた職場に寄付の依頼に訪ねて来られたことがあった。その姿を拝見し、名人もたいへんだなあと思った記憶がある。
大阪の市立高校運動部の主将が自殺した。顧問の教師による体罰が原因だという。生徒間のいじめもあってはならないが、教師が生徒をいじめてどうしようというのか。子供をそこまで追い詰めてはならない。教師たる者は「待った」を認めてやるくらいのゆとりのある指導ができないといけない。
表題は、冬は炬燵にいて俳諧を詠み、夏は縁台で将棋を楽しむ。季節に応じての趣味、楽しみをいう。また、趣味や嗜好の長続きしないことにもいう。
かつて、縁台将棋という習慣があった。子供の頃にはよく見かけた光景だった。あの頃の大人はのんびりしていた。今から思えば、それがちょっとうらやましい。 (エッセイスト)

















