今週の糸口 住文化育てる土俵を
住宅新報 2012年7月31日 号 11面
連載: 今週の糸口
住文化とは何か、と問われてすぐさま答えられる人は少ない。文化とは、人類が生きてきた意義や証に関するものだとすれば、住文化は「住まいと人の関係から、住んでいる人やその周囲にいる人たちの心を豊かにするもの、または豊かと感じる感性そのもの」と定義してもそれほど大きな間違いではないと思う。
現在のように、住宅の省エネ化など専ら設備面が注目され、耐震性や耐火性など物理的な安全性能が脚光を浴びる時代には、住文化の育成が疎かになるのではないかと危惧する。もっとも、文化とは、わずかここ数年でどうこうなるものでもないのかも知れないが…。ただ「社会の変化が大きい今こそ、住まいの本質を考えるとき」との声は高まっている。
衣食住という言葉がある。人は衣を身にまとえば暖かいと感じ、食すればおいしいと喜ぶように、毎日のことでも家に帰ると、ほっとする思いを抱く。旅先から帰ったときなどはなおさら、「やっぱり家(うち)が一番だね」と感じる。
つまり、衣食住とは人間にとって最も身近で根源的な〝環境〟を意味するものだ。ただ、食は体に採り入れるもの、衣は直接身につけるものだが、住は体を取り囲む、最も身近な外界(空間)である。
空間があれば、そこに対する人間の作用が生まれる。空間の闇や光から刺激も受ける。身にまとう衣によって気分が変わるように、人は身を置く環境に最も関心を払う生き物だし、時にはそこから巣立とうという欲求も抱く。人間は常に住まいとの間で精神上のやり取りをし、成長しようとしているのである。
従って、住まいをオフィスや工場、倉庫のごとく機能や性能ありきでつくることは論外である。夫婦や子供との人間関係、それぞれの動線に気を払うことは重要だが、予定調和的であっては創造的とは言えない。
そもそも住宅は人が半生を過ごす場所だが、業界など住宅の供給者側は自らがそこに住むわけではない(従って5年先のことすら実は分からない)ことにもっと関心を払うべきだろう。
住文化とは何かと問われたら、一つは「ゆとり」と答えたい。日本の住文化の代表とも言える<和室>が今、日本の家屋から消えようとしている。和室はその時々で用途を変えられる空間として機能してきた。現代の3LDKマンションにそうした変幻自在のゆとりがあるだろうか。将来の家族構成に対応するための可変性のことではない。それこそ予定調和的である。
映画「男はつらいよ」の主人公、寅さんの2階の部屋は、彼が旅に出ている間は寅さんの部屋のようでもあり、そうと決まっているわけでもないようだ。なにしろ、寅さんはいつ帰ってくるか分からないのだから。
だからこそ、あの2階の部屋が醸し出す雰囲気は日本の住文化そのものである。普段は使わない、ゆとりの空間をなくしたら、そこは住まいではなく〝ホテル〟である。何に使ったらいいか分からない場所こそ、住文化の土俵となる。 (本多 信博)

















