2011年3月11日(金)14時46分18秒、東日本大震災の発生時刻です。その時、どこにいてどう行動したか…それぞれに物語があると思います。私は千代田区神保町の事務所にいました。かつて経験がない大きな揺れが長く続き、ビル側から避難指示があり、ヘルメットをかぶって非常階段を使っていったん全員屋外に避難しました。階段には、壁から剝がれ落ちたコンクリートの破片があちこちに見られました。
防災用品がビル側から支給され、いったん、事務所に戻ることが許可されました。家族に電話連絡しようと思っても携帯電話はつながりません。JRも地下鉄もすべて止まってしまいました。窓から見た道路は、動かない車が列をなしていて、歩道には家に向かって歩き始めた人の列が、まるで難民の群れのように続いていました。事務所に泊まり込む覚悟で、すぐコンビニに食料の買い出しに向かいましたが、棚からすべての食料が消えていました。
事務所のテレビで津波の映像を見たときの衝撃は忘れられません。でも、とりあえず安全な場所で、暖房も使え、テレビやパソコンで情報を得ることができた私たちはものすごく恵まれていたのです。






















