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プレミアム会員限定知って得する建物の豆知識 422 玄関の引き 数字で語り尽くせない価値

住宅新報 2026年6月9日 号 9面

連載: 知って得する建物の豆知識

資格・実務
  • 知って得する建物の豆知識 422 玄関の引き 数字で語り尽くせない価値

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  • 視線の移動による奥行感の演出

    2 / 2視線の移動による奥行感の演出

 物件を評価するとき、駅からの距離や築年数、間取り、面積といった、数値で示しやすい条件に目を向けがちです。もちろん、これらは不動産の価値を判断するうえで欠かせない基本情報であり、実務上も非常に重要です。一方で、現地を訪れた際に感じる「何となく印象がよい」「落ち着いた雰囲気がある」といった感覚は、数字だけでは説明しきれません。そうした建築の〝目立たない工夫〟の一つに「玄関の引き」があります。

小さな設計上の配慮

 たとえば、エントランスが少し奥まっている、軒や庇がやや深めに設けられている、あるいは控えめな植栽が添えられている。そうした小さな設計上の配慮、すなわち「引き」があるだけで、建物全体の印象は大きく変わります。雨の日には濡れにくくなり、夏場には強い日差しをやわらげてくれます。そして外から内へ移るほんのわずかな時間に、自然な〝間〟を生み出してくれます。

 建築の世界では、このような外と内のあいだにある空間を大切にする考え方が、昔から受け継がれてきました。日本の伝統的な住まいに見られる土間や縁側は、その代表的な例です。そこは完全な外でもなく、かといって完全な内でもない、中間的な領域でした。人はそこで靴を脱ぎ、風を感じ、ときには近隣の人と言葉を交わしました。現代の住宅や集合住宅では、その形こそ変わっていますが、庇のあるアプローチや少し広めに取られたポーチ、視線をやわらげる格子や植栽などに、同じ発想を見ることができます。

 こうした視点は、不動産の実務においても意外に有効です。たとえば内見の際に、「南向きで日当たりがよいです」「収納が充実しています」といった一般的な説明に加えて、「玄関前に少しゆとりがあるため、雨の日でも落ち着いて鍵を開けられます」とひと言添えるだけで、住まいの魅力はより具体的に伝わります。

 建物は図面や数値によって比較される一方で、実際には日々の所作の積み重ねによって評価される面も大きいからです。帰宅して扉を開ける、荷物を持って立ち止まる、子どもを待つ、自転車を出し入れする。そうした日常の動きに配慮が行き届いているかどうかは、暮らしやすさを左右する大切な要素です。

 建築の面白さは、むしろこうした〝声高に語られない部分〟に宿っているのかもしれません。耐震性や断熱性といった建物の基本性能は当然として、その上に、光の入り方、風の抜け方、廊下の幅、手すりの高さ、素材の質感、色彩の調和といった細やかな配慮が積み重なり、建物全体の印象が形づくられていきます。言い換えれば、建物の「感じのよさ」とは、設計者が目立たないかたちで施した誠実さの積み重ねだと言えるのではないでしょうか。

 街を歩くとき、あるいは物件を案内するとき、少しだけ目線を変えて玄関まわりを見てみてください。そこには、その建物が人をどのように迎え入れようとしているのか、どのような暮らしを思い描いているのかが、静かに表れています。数字だけでは語り尽くせない価値は、案外、扉の手前の数歩の中に潜んでいます。建築とは、単に空間をつくる技術ではなく、人を無理なく、心地よく迎えるための知恵でもあります。そのことを、玄関先のささやかな工夫が教えてくれているように思います。

(建築家・中村義平二)

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