知って得する建物の豆知識 416 巨匠達の個性 時には少し〝困った人〟
住宅新報 2026年2月17日 号 9面
連載: 知って得する建物の豆知識
近代建築の巨匠と聞くと、私たちはつい、冷徹なまでに合理的なコンクリートの造形や、完璧に計算された空間を思い浮かべます。しかし、歴史に名を刻むル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライト、アントニオ・ガウディといった面々は、その作品以上に強烈で、時には少し困った個性派揃いでした。
近代建築の父、ル・コルビュジエ。彼は「住宅は住むための機械である」と豪語した合理主義者でしたが、私生活ではかなり情熱的(かつ強引)な人物でした。有名なエピソードが、アイリーン・グレイという女性デザイナーが建てた名作建築「E・1027」での出来事です。コルビュジエはこの別荘のデザインに嫉妬したのか、持ち主の許可も得ず、全裸で壁画を描きまくるという暴挙に出ました。グレイは自分の静謐な空間を汚されたと激怒しましたが、コルビュジエはどこ吹く風。挙句の果てには、その建物のすぐ隣に自分用の小さな小屋を建て、最期はその目の前の海で泳いでいる最中に亡くなりました。
「Less is more(少ないほど豊かである)」という格言で知られるミース・ファン・デル・ローエですが、彼は究極のミニマリズムを追求しました。そのストイックさが時に居住性を置き去りにすることもありました。彼が設計したガラス張りの傑作「ファンズワース邸」のクライアントであるファンズワース女史は、完成後にミースを訴えています。理由は「美しすぎて住みづらい」こと、そして「ひどい雨漏り」でした。ある時、彼女がミースに「雨漏りがひどくて、夕食のテーブルに水が垂れてくる」と苦情を言うと、巨匠は平然と「それなら、椅子を少し動かせばいいじゃないか」と答えたそうで、これは「名建築の条件は雨漏りすることだ」という故なき自信を、後続の若い建築家たちに持たせてしまったようです。
また、アメリカの巨匠フランク・ロイド・ライトは、波乱万丈な人生を送りました。 代表作「落水荘」で知られる彼ですが、実は50代後半には「過去の人」扱いされ、仕事が全くない時期がありました。更に、自身のスタジオが放火され、愛する人と弟子たちを一度に失うという壮絶な悲劇にも見舞われました。
しかし、60代後半にして「落水荘」や「ジョンソンワックス本社ビル」などの傑作を次々と発表し、奇跡の復活を遂げます。ライトは非常に自信家で、裁判で職業を問われた際に「世界最高の建築家です」と答えたという逸話があります。後に妻から嗜められると、「仕方ないじゃないか、宣誓供述中(嘘をついてはいけない場面)だったんだから」と返したそうです。
スペインの巨匠ガウディは、仕立ての良いスーツ、シルクハット、上等な革靴を愛用し、超高級車を乗り回して観劇やグルメを楽しむ「ボヘミアンな紳士」でした。しかし、サグラダ・ファミリアの建設に没頭するにつれ、極端な禁欲主義者へと変貌します。
晩年は身なりに全く構わなくなり、服はボロボロで、靴は継ぎ接ぎだらけ。あまりの貧相な格好に、建設現場で浮浪者と間違われることもしばしばでした。1926年、路面電車に撥ねられた際、身なりが異常に汚かったため、誰も「偉大な建築家ガウディ」だとは気づかず、緊急搬送のためのタクシーにも乗車拒否され、貧民院の病院で、ひっそりと息を引き取りました。バルセロナ全体が彼の死を嘆き、葬儀に数万人が参列したとき、人々は彼がどれほど孤独に、そして純粋に神に仕えていたかを知ることになりました。(建築家・中村義平二)


























