明海大学 不動産学の魅力 第45回 隅田川東岸の巨大防火壁の役割 白鬚東アパートの現在
住宅新報 2025年4月1日 号 7面
1923年の関東大震災において発生した火災旋風という火の竜巻は、住宅や人々を次々と飲み込み、東京都墨田区では約3万8000人が死亡、火災旋風から逃れるために隅田川に飛び込んだ者のうち約1万人が溺れて亡くなっている。
隅田川東岸の同区白鬚東地区は、関東大震災および東京大空襲の被害を免れた木造建物が多く残り、防災上の問題を抱えていた。1982年には工場跡地再開発によって「白鬚東地区防災拠点」が整備された。避難広場の役割を担う約10ヘクタールの東白鬚公園と、その東側で防火壁の役割を担う集合住宅団地「白鬚東アパート」で構成されている。
団地は18棟が長手方向で連結されたもので、南北に総延長1.2キロ、高さ40メートルという巨大な防火壁となって東側に広がる木造密集住宅地からの火災を食い止める役割を担っている。住棟連結部分のうち5カ所には巨大な防災ゲートがあり、住宅地の住民はゲートをくぐって建物西側の公園に避難する。ゲートには公園を火災から守るため巨大な防火扉が設置されている。建物東面バルコニーには防火シャッターがあり、火災発生時にすべて閉まり火を防ぐ役割がある。また、散水装置が付いていてシャッターが熱くなるのを防いでくれる。ここで使われる水は屋上にある巨大な黄色い貯水タンクから供給される。公園側にはシャッターはないが、公園に向けた放水銃が設置されている。公園は災害時に約10万人を収容するため、18棟のうち2つは防災備蓄庫になっており、約1週間分の飲料水・食料・医薬品が備蓄されている。
























