チャーリー・レニー・マッキントッシュは1868年、グラスゴー(スコットランド)に警察官の息子として生まれました。幼少時より絵画の才能に恵まれ、当然の結果としてスコットランド随一のグラスゴー美術学校に進みました。美術学校の夜間に通うかたわら、昼間は建築事務所の見習いとして働き、建築を学びます。設計コンペなどで良い成績を上げ、副賞でイタリア旅行を得ることもありました。イタリア旅行ではミケランジェロ、ダヴィンチ、ベロネーゼなどの作品に出会い、偏狭な英国のアカデミズムとは異なる視点を得ることができました。これは生涯にわたってマッキントッシュの理念を支えることになります。
19紀末は産業革命による大量生産が進行し、生活財や建築部材はゴシックやローマ風の俗悪なイミテーションに溢れていました。そうした現実に対して現在の概念で言う「デザイン」という志向を求める運動がヨーロッパ各地で同時多発的に起きました。フランスのアールヌーボー、イングランドのアーツ&クラフツ、ドイツのユーゲントシュティール、オーストリアのゼセッシオン、イタリアのスティレ・リベルティ等がそれです。手仕事の見直しと、そこから作り出されたデザインをベースにした工業化を目的にしていました。
そうした時代の息吹を感じたマッキントッシュは、スコティッシュバロニアルという様式に傾倒します。それは、地方の材料、工法、風土、生活に根差した正直で誠実なデザインの再興というもので、後の合理性や機能性につながる物でした。バロニアルスタイルで設計されたマッキントッシュの建築はどれも魅力的で、代表作はグラスゴー美術学校(コンペの優勝作)、ヒルハウスなどです。しかし、終生建築設計の仕事には恵まれず、建築作品は十数点を数えるのみです。

























