■相談できる仲間が心の支え
米国大学院卒業後、証券会社に勤めていましたが、父が大病をしたことをきっかけに、田園都市に入社しました。二代目の方は大抵、他所の不動産会社で修行をしていますが、私は違いました。もしかしたらずっとサラリーマンかもしれないけど、将来、戻ってくる可能性もあるということで、父と相談して、営業力がつく証券会社を選んだのです。80年、27歳の時に田園都市に戻り、97年に社長となり、会社を継ぎました。
翔経塾が立ち上がったのは、私が会社を継ぐより前の89年です。私は設立メンバーの一人。その頃、業界の団体で二代目が何人かいるのを知っていたので、みんなで集まって勉強会など何か切磋琢磨する機会があれば、お互いに有意義なのではないかと提案しました。当時から顔が広かった花沢さんが音頭を取って、翔経塾が始まりました。

























