東京復活への象徴、「丸ビル」が開業15周年 〝黄昏〟乗り越え、人通り絶えない街に 三菱地所、「丸の内再構築計画」で12棟を竣工
住宅新報 2017年8月29日 号 4面
現在の丸ビルは、三菱地所のビル事業と、我が国を代表するビジネス街としての東京・丸の内、更に国際都市・東京を復活させる契機になった象徴的なプロジェクトだ。丸の内を、オフィスワーカーだけの〝平日の昼の街〟から、飲食やショッピングが楽しめる、土日も人通りが絶えない街に変身させた、「丸の内再構築計画」の第1号ビルである。それを含め、15年間で12棟の建て替え・再開発ビルが相次ぎ完成し、〝にぎわう丸の内〟を揺るぎないものにした。
三菱地所と丸の内開発の歴史は1890年、明治政府から土地の払い下げを受けたことに始まる。近代化に伴い赤レンガのオフィス群を整備したのが第1次開発。1923年の関東大震災では被災者の救護基地となり、昭和初期には「恋の丸ビル」と歌われた。戦後の高度成長期に「改造計画」を打ち出し、大規模ビルへ建て替えていったのが第2次開発。その後、機能の高度化など具体的な進展がないまま90年代のバブル崩壊を迎える。賃料が高く、ビルも古い丸の内からテナントが転出。「黄昏の丸の内」といわれた時期もあった。
大きな転機となったのは95年1月17日の阪神淡路大震災。震度7の大地震は多くのビル、マンションを倒壊させ、関東では警戒感が一層強まっていた。最も古い「丸ビル」の耐震性に注目が集まる一方、弁護士事務所など中小テナントが数多く入居し、建て替えが難しいビルとしても知られていた。三菱地所は耐震診断を行った上で95年11月、建て替えを決断。そして建物計画を公表した98年を「丸の内再構築元年」として、今日の第3次開発が始まる。「震災リスクを減らすことができる、東京復活への英断」として受け止められた。






















