人にあれこれ命令することを「指図(さしず)する」と言いますが、本来の意味は建築の設計図を表す古い言葉です。日本の建築は民家や農家は別として、寺社建築、貴族の住まいなど、ほとんどは中国や百済から伝来した意匠をお手本にしています。伝来の手段として設計図面もありましたが、建築模型が主たるものでした。例えば日本書紀には、本格的な仏教寺院とされる飛鳥寺を建てる際に、百済から模型が献上され、渡来した工人(大工)によって建築されたと記載されています。
建築模型は10分の1から30分の1程度のサイズで造られ、外観細部や内部も精密に再現されており、日本の工匠たちは、ここから意匠術や作図法を学んだのです。
建築図面として現存する最も古いものは奈良正倉院所蔵の「東大寺講堂院図」(752年頃)です。図面からは大仏殿後方に所在する講堂僧坊、食堂院の建物配置が見て取れます。図面は10尺(3.3メートル)を基準にしたグリッド(格子)で構成され、柱や壁の位置が決められており、併せて各建物相互の関係位置や歩郎による連結状態が示されています。
























