世の中は夏休みということで、今回は少々気楽な話題です。以前「うだつが上がる」など建築の諺(ことわざ)についてお話しました。その続きです。
よく「あの人は几帳面(きちょうめん)だから」などと言いますが、これは折り目正しく物事をきちんと処理する人のことを指します。几帳面とは建築の収まりを指す用語です。奈良時代に『几帳』という、机の脇や寝室の境目に置く、現在で言う間仕切りのような家具がありました。その柱には、面を取った後に更に刻み目を入れており、きちんと整って見えたことから転じて、折り目正しくきちんとしていることを「几帳面」と言うようになったのです。柱の面取りにはこの他にも、「胡麻穀(ごまがら)面」「瓢箪(ひょうたん)面」「猿頬(えてぼう)面」など多くの種類があり、それぞれ場所や階級によって使い分けられてきました。
「こけら」語源は庶民の家
劇場の完成後、初のお披露目を「柿(こけら)落とし」と言います。「こけら」とは樹皮で葺いた屋根のことです。寺院や貴族の建物屋根には瓦が使われましたが、芝居小屋や庶民の住まいは「柿葺き」だったのです。また、こけらには「木くず」の意味もあり、これを振り落とし綺麗にしてお披露目することから、「柿落とし」と呼ばれたようです。現在はスポーツ施設や展示会場などにも「柿落とし」の表現が使われますが、本来は芸能の場だけが対象でした。
古い建築を拝観した時など「結構な趣がありますね」などと言うと、ただ者では無いと思われるのですが、この「結構」とは「構えを結ぶ」が語源で、建物のたたずまいが美しいことを指しています。後に、和歌や日記などの評価にも使われるようになりました。
ただし揶揄的な意味もあり、「結構人」や「結構者」には、「おばかな美男子」を指すこともあったようです。そこから転じて「結構は阿呆のうち」などと使われました。現在でも、「結構です」と言う表現は肯定とも否定とも取れる場合がありますが、この二面性はそんな使い方から生まれたのかも知れません。
〝垣根〟に囲まれ進めない
物事が進まない時に「埒(らち)があかない」と言います。「埒」とは、低い仕切りや建物の周囲に設けた垣根のことです。「埒があかない」とは、邪魔があって前に進めない状態のことを指しています。プロ野球などで「戦力の埒外」と言われた場合は、まさしく「塀の外」の存在であり、「埒もない」とは垣根すらもない、乱雑で面白くないことを表しています。
バカ騒ぎすることを「羽目を外す」と言います。羽目とは、馬のくつわの「ハミ」が転じたものと言われています。馬のくつわを外すと馬は勝手放題に暴れてしまう様子から生まれたそうですが、別の解釈では建物の外装に美しく張り整えられた「羽目板」を取ってしまうと、中の構造が丸見えになり、格好が付かなくなることから転じたという説もあります。
(建築家・中村 義平二)























