免震を知る 3.11後のマンション (3) 阪神淡路大震災後に急増
住宅新報 2013年3月26日 号 8面
「阪神淡路大震災が発生した時、神戸市内にあった免震建築物がその効果を発揮したことで、免震構造に対する認識が広がった」(日本免震構造協会〈JSSI〉の可児長英専務理事)
95年1月17日、巨大な地震が兵庫県を中心に近畿圏を襲った。阪神淡路大震災だ。地震の規模を示すマグニチュードは7.3。6434人が亡くなり、約10万5000棟の住家を全壊させた。その震災の翌年、免震建築物は急増する。
土壌作りの10年間
免震建築物は、第1号が特別認可を取得した82年以降、順調に普及したわけではなかった。JSSIの調査によると、83~92年までの10年間で大臣認定を取得したのは、わずか71件(左上グラフ)にとどまる。
もちろん、80年代から90年代初期は、各ゼネコンが研究開発を進め、日本建築学会は免震構造設計指針を策定するなど、免震構造の土壌を作る期間であったとも言われる。ただ一方で、関係者はどう免震を市場に普及させていくか、頭を悩ませていた時期でもあったようだ。
JSSIは、こうした状況を背景に93年に誕生する。設計・施工事業者やメーカー、学識経験者などで構成される同協会は、「免震構造の技術力を高めていくことに加えて、健全な免震構造を認知、普及させることを目的に発足した」(JSSIの可児専務理事)。
地震力が3分の1に
阪神淡路大震災発生時、震源(淡路島北部)近くの神戸市内には2つの免震建築物があった。1つは、データセンターのWESTビル、もう1つが企業の研究所だ。いずれの建築物も免震効果が得られたことの報告がなされているが、特に、前者のWESTビルは、基礎部に入った地震エネルギー、加速度(ガル・別掲)を免震層が軽減している状況がうかがえる。
WESTビルは、震源から約35キロ離れた神戸市北区に立地。地上6階建てで、延べ床面積は4万6800m2の大規模建築だ。94年12月に竣工したばかりだった。
JSSIの会誌95年5月号によると、その建築物に設置されていた地震計が示した最大加速度は、基礎スラブで南北方向に263ガル、東西方向に300ガル。それが1階部分は57ガル(南北)と106ガル(東西)、6階部分でも75ガル(南北)と103ガル(東西)を記録している。つまり、免震層が地震エネルギーを3分の1以下に軽減したということだ。
阪神淡路大震災以前、94年までに累計で100件に満たなかった免震建築物の大臣認定は、この効果の実証後、95年には73件、96年には231件に上った。このうち、マンションは約半分を占めている。免震構造を標準化
阪神淡路大震災の経験を踏まえ、免震マンションへの取り組みに大きく舵を取った企業がある。5500戸を超える免震マンションの供給実績をもつナイス(神奈川県横浜市)だ。
「阪神大震災での犠牲者は、住宅の中で窒息もしくは、圧死された方がほとんど(上グラフ)だった。倒壊や家具の転倒、落下などで住宅が凶器になった。住宅事業者として、そうした被害を今後、生まないためにどうするか。免震構造を研究していかなくてはならないと考えた」
ナイス住宅事業本部の新井貴己執行役員は、免震マンションへの取り組みの経緯をこう話す。
同社は、震災後の95年に免震マンションの企画、開発をスタートする。97年2月には、東京都世田谷区に第1号を竣工した。以降、取り組みを継続して進め、03年には、宮城県沖地震の発生が指摘されていた仙台で、マンションに免震構造を標準採用することを決定した。
更に、その2年後の05年からは首都圏を含めたすべてのマンションで標準化。現在は原則、軒高が20メートルを超えるマンションについて免震構造(20メートル以下の場合は、建築基準法が求める1.25倍の耐震強度となる強耐震)を採用している。 (葭本 隆太)
ガル(Gal) 地震の揺れの強さを表すときに用いる加速度(単位時間当たりの速度の変化率)の単位。人間や建物に瞬間的にかかる揺れを意味する。1ガルは毎秒1センチメートルの割合で速度が増すことを示す。震度は加速度のほか、周期や継続時間が考慮されて決まる。気象庁が過去の震災のデータを元に作成したグラフによると、周期1秒の波が同じ振幅で数秒間続くと仮定した場合、南北・東西・上下の3成分の加速度の合成値が400ガル弱で震度6強となる。なお、内閣府・防災白書などによると、阪神淡路大震災時、神戸市中央区の神戸海洋気象台では、最大加速度818ガル(南北成分)を観測している。























