最近の住宅購入層は、世代の若返りが顕著です。また、こうした若い層は「デザイン」という言葉に敏感で、メディアを通じて様々なデザイン情報を得ています。ただし、北欧を中心としたモダンデザインに趣向が偏在しています。以前撤退したIKEAが再上陸して人気を得ているのも、そうしたムーブメントの一環と考えられます。
住宅販売の現場で顧客にそのような〝デザイン好き〟を表明された時、「笑ってごまかす」のも1つの方法ですが、最低限の知識があれば顧客の信頼を一気に増すことが可能です。例えば、北欧デザインの巨匠アルネ・ヤコブセンに関する知識です。
細部も自らデザイン
アルネ・ヤコブセンはデンマークを代表する建築家でありインテリアデザイナーであり、プロダクトデザイナーです。彼は1902年、コペンハーゲンに生まれました。当時の一般家庭には量産化された工業製品としての家具やドア、鋳物類が大量に入っていましたが、それらのデザインは一時代前の古典的なスタイル(英国ヴィクトリアンスタイルなど)を単に工業化しただけというものがほとんどでした。早熟なヤコブセンは、少年期に自室のインテリアを全て白いペンキで塗りつぶしたそうです。物の形と空間の関係に、不条理性を感じたのかも知れません。こうした考え方は終生ヤコブセンのデザインする態度として貫かれ、建築設計にあってもドアノブ1つに至るまで、自分でデザインしたことに表われています。
当初は画家を目指しましたが、総合芸術としての建築の面白さに目覚め、22歳でデンマーク王立アカデミー建築科に進みます。時代はセセッションなどの運動が終焉を迎え、バウハウスを中心としたインターナショナルスタイルへの移行時期で、ワルター・グロピウスなどが活躍し始め『産業デザイン』という言葉が生まれた時期です。
若いヤコブセンは自らの感性とも合致するバウハウスの影響を大きく受け、伝統的なハンディクラフトと産業デザインの融合を考えます。その代表的な家具の1つが『アントチェア』(蟻イス)です。
アントチェアの由来
工業製品は直線的なデザインが得意です。片や手仕事の味は、曲線的なデザインで発揮されます。薄い板は簡単に曲げることができます。曲げた板同士を何枚も接着していけば、曲がった厚い板を造ることができます。これは積層合板という手法ですが、この曲がった板を切り抜くと、曲面を持った椅子の座を工業的に造ることができたのです。
当初は曲面が完全には作れず、補修部分を隠すために黒く塗装されていたのでアント(蟻)チェアと呼ばれました。ヤコブセンの造形には常に曲線が用いられ、それが魅力にもなっていますが、それは決して恣意的な曲線ではなく、常に工業的な手法を念頭に置いたものだったのです。
ヤコブセンは、デンマークのデザインが手工芸的な生産から工業的な生産に移行する時期に大きな影響を与えました。今日でも、その造形の魅力は衰えることがありません。
(建築家・中村 義平二)























