「出る杭は打たれる」 松岡英雄 新住まいのことわざ(53)
住宅新報 2011年2月15日 号 12面
頭角をあらわす者はとかく他から憎まれ妨げられる。建築土木技術の世界では、杭は同じ強さ高さでないといけない。そうでないとバランスが保てない。構築物をしっかりと支えられない。
それが人間の世界になるとどうなるか。人の能力は同じではない。学力もそうである。偏差値という妙な物差しで計られたのは中学生になってからだった。国語の80点と数学の80点は同じではない。問題の難易度が違う。比較するために偏差値を出すらしい。中学2年のとき、9科目の総合点が1番なのに偏差値の順位では2番になった友人が、偏差値はおかしいと不満気だった。陸上の十種競技やスキーの複合競技の成績の決め方も偏差値の考えに似ているところがある。
偏差値は受験生に便利ではあるが、冷淡でもある。無理だから諦めなさいと言われているようなものである。一体、大学の偏差値はどうやって付けられているのだろうか。
話が横道にそれてしまった。今、男が元気をなくしている。仕事でライバルと張り合うという元気な男は少なくなった。家族を大事にし、趣味やスポーツを楽しむという生き方は間違ってはいないけれど、それでは人生、物足りなくはないのだろうか。
仕事で競争することも悪くはないような気がする。しかし、閉鎖的な組織では、出すぎると打たれるどころか抜かれてしまうこともあるから、その加減が難しい。
(エッセイスト)













