全国の中心市街地はいま にっぽん「地価一番」物語(36)岐阜県・岐阜市吉野町5丁目 日本不動産研究所
住宅新報 2011年1月11日 号 14面
◇大ヒット曲で全国に
県都岐阜市は、木曽川・長良川・揖斐川の3大河川の沖積土によってできた濃尾平野の北部に位置し、人口は約42万人。ここ数年は横ばい傾向にある。中心商業地区は、柳ヶ瀬地区と岐阜駅前周辺地区。かつて地価一番地は柳ヶ瀬だったが、現在は岐阜駅前周辺にその地位を譲っている。
美川憲一の大ヒット曲「柳ヶ瀬ブルース」(66年)でその名を全国区とした柳ヶ瀬地区は、戦前から百貨店、飲食店、映画館が立ち並び、60年にはアーケードも完成。休日には繰り出す老若男女で肩がすれ違う混雑ぶりで、最盛期には約5000店舗を擁する大歓楽街だった。
バブル絶頂期の地価は、売り希望価格で坪3000万円(1平米当たり900万円)まで上昇した。しかし、平成に入ると、郊外型店舗進出の波を受け、東西両端にあった百貨店も、岐阜近鉄百貨店が99年に閉店。現在は岐阜高島屋(77年開業)が孤軍奮闘している。
現在の柳ヶ瀬は、空き店舗が目立つ寂しい商店街で、往時の面影を垣間見ることはできない。
一方、岐阜駅前周辺地区にはJR岐阜駅と名鉄岐阜駅が約200メートル程離れて立地。昭和までは名鉄の利用者が圧倒的に多く、駅舎内には新岐阜百貨店、駅周辺には岐阜パルコ、ダイエーなどが連なった。これに対し、JR岐阜駅の北側は繊維問屋街が広がっていたが、民営化以降、駅舎の整備、運賃・所要時間・運行間隔の改善などの利用客獲得攻勢を強めたことで、徐々に両駅の相対的な位置付けが変化。現在の最高価格地はJR駅前に移動している。
最高価格地は、89年を境に柳ヶ瀬地区の公示5-1から岐阜駅前周辺地区にある公示5-5(吉野町5丁目)に移動した。その地点も07年に名鉄岐阜駅前からJR岐阜駅前のビルに選定替えされている。◇県と市の地域活性化策
柳ヶ瀬地区の公示地価はバブル絶頂期に520万円だったが、10年は25.5万円と約20分の1まで下落。同様に岐阜駅前地区は約10分の1になった。岐阜市も他の地方都市と同様、経済的な地盤沈下に直面している。
危機感をもつ県や市が内需の拡大、地域活性化を進める中、不動産についても、岐阜駅前周辺地区、柳ヶ瀬地区の再開発計画など長期的な事業、整備が進められ、今後の発展も大いに期待される。だが、その道のりは決して平たんではない。((財)日本不動産研究所岐阜支所、不動産鑑定士・西村隆)













