「住むばかりの名所」 松岡英雄 新住まいのことわざ(35)
住宅新報 2010年10月5日 号 22面
江戸時代に書かれた浮世物語の中に「鎌倉は諸国のつきあい晴れがましく、人の入り込むこと多ければ、米・薪・酒・肴まで、値段殊の外に高ければ……渡りかねたる有様にて、住むばかりの名所かなと、浮世の人はつぶやきいる」というくだりがある。よそ目には名所でうらやましく思えるが、そこで住んでいる人にとっては、単に生活しているだけの所だという意である。
鎌倉はそんな昔からそういう所だったらしい。もちろん今でも、観光地としてにぎわっており、関連する仕事に携わっている人たちにとってはありがたい所になるわけだが、居住しているだけの人たちにとっては、さぞやあの混雑ぶりは迷惑なことであろう。
福島県に大内宿という観光地がある。街道の長さは300メートルくらいか。茅葺きの元宿屋や古民家などが残っており、小高い丘から眺める風景は悪くないのだが、実際に歩いてみると、その建物は土産物屋や飲食店を営んでいて、風情も何もあったものではない。観光地になってしまうことを大内宿の人たちは果たして望んでいたのだろうか。
同じ福島県の南会津町に前沢曲家集落という所がある。曲家は牛や馬と一緒に暮らすための家屋だった。全部で13戸の小さな集落である。今年の夏、3年ぶりに立ち寄ってみたら、集落の入り口で300円の入場料を取るようになっていた。静かな集落が、住むばかりの名所にならなければよいのだが。(エッセイスト)













