「棚から牡丹餅(ぼたもち)」 松岡英雄 新住まいのことわざ(31)
住宅新報 2010年9月7日 号 14面
老後の夢は、晩飯のおかずをデパートに買いに行くような暮らしであった。都心に住みたいということである。それがかなう話が舞い込んできた。7年前のことである。
家内の父親がなぜか杉並区の荻窪に小さなアパートを所有していた。群馬の人間が40数年前に投資向きに買ったようである。そのアパートが火を出した。全焼に近かった。始末した後を使わせてもらえるということになった。願ってもない話である。
まさに棚から牡丹餅、たなぼたである。
老後の夫婦が住むのにちょうどいい2階家を建てた。竣工して1年間、週末はそこで過ごした。ちょっとした別荘気分だった。荻窪は都心ではないが都心に近い。新宿の高島屋で食料品を求めたりした。夢がかなったのである。定年後はそこに住もう。
ところが、5年ほど前、長女が結婚すると告げ、荻窪の家を使わせて欲しいと言いだした。30半ばまで独身だった娘が結婚してくれるなら…親は弱い立場である。家賃は取るぞ、とは言ったものの、ほんの管理費程度である。
娘夫婦に明け渡した。江戸城無血開城のようなものである。今では、孫の顔見たさに遠慮がちに訪ねていく。
おそらくあの家は戻ってこないだろう。そんなうまい話なんかあるはずがないのだ。義父は初めから孫娘にくれてやるつもりだったのではないかとこのごろ思うようになった。(エッセイスト)













