知って得する建物の豆知識(4) 身近な「プレハブ住宅」 様々なメーカーが参入
住宅新報 2009年2月3日 号 10面
一般ユーザー対象のセミナーで講師を務める際、「どこのプレハブが良いですか」という極めて直接的な質問を受けることがあります。
これは少し困る質問です。質問者の生活環境や価値観、予算も分からない状況で、メーカーやモデル名を挙げることは出来ないからです。
しかし、このような質問を受けるということは、プレハブ住宅が自動車のように、身近な商品になっていることの証しかもしれません。
プレハブとはプレ・ハブリケーション(あらかじめ生産する)を短縮したもので、我々には大変馴染みのある言葉ですが、正しくは「工業化住宅」ということになっています。
日本でのプレハブ住宅の始まりは、「プレモス」と言われています。
第二次大戦後の深刻な住宅不足を補うために、短期間で大量生産できる規格性の高い住宅生産の方式が求められました。これに応じて、終戦時に合板などで飛行機を造っていた中島飛行機(後の富士重工)が建築家の前川國夫氏と組んで製作したのが、プレモスです(1946年ごろ)。
角材を芯にして両面に合板を張ったパネルが基本構造で、このパネルを組み合わせて1軒の住宅を造りました。しかし良質な接着剤が得られなかったため、時を経ずして合板が剥(はく)離を起こし、著しく低い耐久性しか得られませんでした。
その後も工業化住宅の開発は続き、大和ハウスがダイハツの軽三輪車「ミゼット」を住宅のオマケにつける「ミゼットハウス」を発売して、話題を呼んだこともあります。
ちょうどこの頃米国では、「オペレーションブレークスルー」という住宅工法開発プロジェクトが大統領の肝入りで始まっており、異業種が盛んに住宅産業に参入していました。
例えば重家電メーカーのGEは、自社の製鉄工場で余剰品として生まれる石膏を利用したキャスティングプラスターパネル(鋳型石膏パネル)を使った住宅を販売していました。
こうした動きに敏感な日本の産業界では、一気に住宅産業への参入競争が始まりました。当時の松下は家電メーカーとして当然参入しましたし、新日鐵、石川島播磨造船などの造船製鉄系、トヨタなどの自動車系のほか、食品系や化学系など多くの産業分野から文字通り雪崩(なだれ)を打って参入していきました。
商社も、米国ツーバイフォー住宅の輸入ということで住宅産業に参入したのです。
新規参入企業はある意味、見よう見まねで住宅を造りましたが、折悪しく室戸台風など日本を多くの大型台風が襲う時機と重なってしまいました。プレハブ住宅には甚大な被害が出て、社会一般にはプレハブ=安物という認識が出来上がってしまいました。
その後のプレハブ業界は、この認識を払拭(ふっしょく)するためにすべてのエネルギーを投入したとも言えます。それが、自動車のような品質の安定した身近な商品として、完成に近づいていると言えます。
(建築家・中村
義平二)













