「縁の下の筍(たけのこ)」 松岡英雄 新住まいのことわざ(70)
住宅新報 2011年6月14日 号 12面
私の記憶に誤りがなければ「高校3年生」を初めて聞いたのは、63年6月に放映された、日曜日昼の番組「ロッテ歌のアルバム」だった。学生服で歌う舟木一夫は新鮮だった。「赤い夕陽が校舎をそめて…」自分の高校生活が重なった。ちょうど、高校3年生だった。
橋幸夫、西郷輝彦とともに御三家と呼ばれ瞬く間にスターになった舟木だが、ファンの成長に反比例するかのように人気は凋落し、歌謡界から消えて行った。
誰の人生にも多かれ少なかれ浮き沈みがある。その浮き沈みの中で人は耐えることや忍ぶことを学ぶ。一方、朝が来ること、春が訪れることも知る。
長い不遇の時代に自殺を図ったこともある舟木を生き返らせたのは、子育てが終わった主婦たちだった。ファンはありがたいものである。同世代を生きて来た者としてもう一度夢を見たかったのである。彼に声援を送っている人は多いに違いない。
かくいう私も彼のカムバックを喜んでいるひとりである。青春を蘇らせてくれ、春の訪れを見せてくれたことに感謝である。
縁の下の筍とは、立身出世できない人のたとえである。うだつがあがらぬことである。それでもいいではないか。身の丈を知って生きて行けばいいのである。「道はそれぞれ別れても、越えて歌おうこの歌を」。未だに同窓会の会場ではこの歌が流される。その同窓会に出席できない人だっている。
(エッセイスト)













